【短編小説】帰宅したら家が宇宙人の拠点になっていた
「あなたの住処だったのですね。大変申し訳ありません」
リビングを占拠した宇宙人たちは言った。みな椅子に腰かけてくつろぎ、悪びれる様子はない。いや、もしかしたら本当に申し訳なく思っているのかもしれないが、表情が変わらないので分からない。
宇宙人は全部で4人。それぞれタコのような顔で、タコのような足をたくさん持ち、常にくねくねと動かしていた。すべての足に靴を履いている。
「人が住んでるってことくらい見れば分かるだろ」
俺はため息を吐きながら言った。仕事から帰ってきたとたんにこれだ。勘弁してほしい。
「家具もあるし、表札だって出てる。どこからどう見ても俺の家だ」
「申し訳ありません。とてもごちゃごちゃしていたのでゴミ箱かと思いまして」
「そうです、ゴミ箱の中に拠点を作れば誰にも見つからないと思ったのです」
「鍵はかかっていただろう」
「鍵付きのゴミ箱なのかと」
「……なんでもいい。とにかく出て行ってくれ。警察には言わないでおいてやるから」
俺は玄関の方を指し示した。こいつらは宇宙人なのだから、地球の文化を知らないのは当然だ。ゆえにこれ以上責める気はなかった。出て行ってくれるならそれでいい。
しかしながら。
「出て行け、と言われても困ります」
「は?」
「実はもう機材を設置してしまっておりまして。これを取り除くと建物全部が壊れてしまうのです」
「屋上から地下まで貫通しています」
「だからあなたには、別の住処を探していただくしか」
宇宙人たちは口々に言った。いや、声を口から発したのかどうかは自信がない。タコに似た顔はまったく動いていないのでよく分からない。
たしかに彼らの言う通り、リビングの真ん中にはテーブルの代わりに直方体の機械が存在していた。機械には無数のボタンと三つのモニターがついており、床に開けられた穴から突き出ていた。
「俺が先にここに住んでいたのに、俺が出て行くのか?」
「ええ。後住権を主張します」
「知らない概念だ」
「え、地球には基本的人権がないのですか?」
「あるけど後住権はないな」
「そうなのですか。不思議な星です」
宇宙人たちは顔を見合わせた。不思議はこっちのセリフである。いっそのこと今から彼らの星に移住して後住権とやらを主張してやろうかと思ったが、Wi-Fiがつながる保証がなかったのでやめておいた。
「あんたらの主張は分かった。けどな、俺にも生活があるんだ。このマンションはペット不可だしな、頼むから撤収してくれ。壊したところも直した上でな」
「しかし、私たちはこの星に調査に来たのです。これは重要な任務です」
「俺にとっては重要じゃないぞ。……いや、そう決めつけるのもよくないな。あんたらはいったい何をしに地球にきたんだ?」
「美味しい食べ物を探しに来ました」
「なるほど、美味しい食べ物か」
俺は腕組みしてうなずいた。たしかに、表情が一切動かないタコ宇宙人といえども、ものを食わねば死んでしまうのだろう。
「生きる上では重要なことだな」
「ええ、その通りです」
「だがなんでわざわざ別の星に来たんだ。異星の食べ物が口に合うわけないだろう」
「実は……我が母星であるニャムニャムシャタルコンテコンタ星では……」
「なんて?」
「ニャムニャムシャタルコンテコンタ星です」
「なるほど、続けてくれ」
「はい。ニャムニャムシャタルコンテコンタ星では、料理というものが失われてしまったのです」
宇宙人の1人が言うと、他の3人は足を一斉に左右に揺らした。
「料理が失われたって……なんでも生のまま食うってことか?」
「いいえ。それどころか食材そのものがもう存在しません」
「え?」
「我々は、栄養のすべてをこの錠剤でとるのです」
宇宙人がそう言うと、空中に雲のようなものがもやもやと出現した。見ているうちに雲は形をなし、手のひらサイズの瓶へと変化する。瓶は空中に浮かんでいた。
「瓶の中身は……錠剤か」
「はい。一錠で7日分の栄養を摂取できます。あ、7日というのはニャムニャムシャタルコンテコンタ星での7日なので、この星では5.6日ですね」
「たしかにこれは味気ないな……」
俺は顔をしかめた。さすがに地球人の俺でも分かる。これらの栄養剤は無味無臭、美味しいも不味いもあったものではない、と。
「ええ。母星にはこれしか食べ物がないので……我々はもううんざりしていました。そんなとき、異星には美味しい食べ物がまだ残っているという話を耳にしまして」
「それでわざわざ亜光速ロケットで地球までやってきたわけです。もちろん違法渡航ですが」
「なるほどな。苦労してんな、あんたたちも」
「分かっていただけますか」
「だが、あんたらの苦労と我が家の所有権は別の話だ」
「別の話ですか」
「ああ。それに、拠点にするならもっと美味いものがある場所がいいだろう」
「あなたの家に食料はないのですか?」
「ないことはないが……」
「この家の食料貯蔵庫は……あれでしょうか?」
「ん? ああ、それだ。冷蔵庫っていうんだ」
俺が答えると、宇宙人たちは無数の足をうねうねと動かし、冷蔵庫前にわらわらと集まった。よく考えるとみな土足だが、指摘するのも面倒だったので諦めた。宇宙人たちは冷蔵庫を開け、俺の方を振り向いた。
「食べ物はどれでしょうか」
「中に入ってるもの全部だ。どれも食える」
「しかしこれは……流動食?」
「栄養補助ゼリーだ。手軽でいいぞ」
「こっちのものは……即席乾麺とありますね」
「それも手軽でいい」
「なんということでしょう。この星でも料理が失われはじめているのですね」
「いや、俺が自炊しないだけだ。食事は腹が膨れればなんでもいいからな」
俺は肩をすくめた。味気ない食事を見せてやれば、宇宙人たちは興味を失って帰ってくれるかと思ったが……予想と違って彼らは怒り出した。表情は変わらなかったが、語気が強くなっていた。
「美味なる食に溢れた星に住んでいながら、この食生活とは……」
「料理をしなさい、料理を」
「そうです。温かい料理がいつまでもあると思ったら大間違いです」
「失ってから気付いても遅いのですよ」
「わ、分かった分かった」
4人から詰められ、俺はたじろいだ。宇宙人たちは念力か何かで冷蔵庫を閉め、足をうねうねと動かす。
「このような態度が食を滅ぼすことになるのです。ニャムニャムシャタルコンテコンタ星がそうでしたから」
「とにかくこの家には料理がないことが分かりました」
「他の場所を調査してみましょう」
「まあなんだ……美味い料理が食べたいんだろ? だったら俺みたいな独り身のおっさんの家じゃなくて、ファミレスにでも行ったらどうだ?」
「ファミレス、ですか」
「ああ、マンション出て右に行けばあるぞ」
「それは素晴らしい。情報提供ありがとうございます」
4人はまた足をうねうねと動かした。何らかの感情表現らしいとは分かってきたが、当然地球人には伝わらない。俺が窓を開けてやると、4人の宇宙人はさっそく外に飛び出した。ここは5階だが、宇宙人たちはあまり気にせず宙に浮いている。
「では、行ってまいります」
そう言い残すと、宇宙人たちはファミレスの方角へと飛び去った。もう帰ってくるな、と心の中で祈ったが、その祈りが無駄であることは知っている。リビングには大きな機材が残ったままだ。
「なんだってんだ、まったく……」
俺は窓を閉めてため息を吐いた。冷蔵庫を開け、栄養補助ゼリーを手に取り……また元に戻した。
「カレーでも作るか……」
俺は冷蔵庫を閉めてつぶやいた。スマホを見ると、近所のスーパーはあと15分で閉店だった。床に腰を下ろして考える。出かけるか否か。なんとかという星と同じ未来に向かうか、それとも地球の料理文明保護に貢献するか。考えるだけで動けないまま時間は過ぎていく。
夜が、更けていった。
