RIZIN浪速の超復活祭りにて、PRIDEは終焉を迎える
朝倉未来 vs 青木真也という、格闘技の歴史を紡いできた者達による戦い、そして格闘技の今後を担うシェイドゥラエフ vs AJマッキーが行われたRIZIN浪速の超復活祭り、試合としてはどれも見ごたえのある素晴らしい大会でしたが、長年の格闘技ファンである自分は少し悲しい気持ちになりました
PPV観戦でしたが、シェイドゥラエフとAJマッキーという世界でもトップクラスの実力を持つ2人による試合よりも、朝倉未来・平本蓮といったタレント的魅力を持った選手の方が会場での声援や試合の中で発生する観客のエネルギーが大きかったと感じました。
もちろん格闘技においては、実力者同士の競技的な強さだけじゃなく、ストーリー性や感情移入したくなるキャラクター性が重要なことは言うまでもありません。それは20年前のPRIDEの時代からそうでした、我々当時の格闘技ファンもハイレベルな攻防そのものよりも、競技を通して作られるストーリーに熱狂していました。
恐らく、今と昔における”ストーリーの作られ方”と”ストーリーの受け取られ方”が大きく異なるのだろうと思いました。
PRIDE時代は、”60億分の1を決める”というテーマにも表れる通り、世界で一番強い男を決める団体だというコンセプトであり、それを軸にストーリーが作られ、そして我々ファンが受け取ってきました。
最強の寝技士ノゲイラを、ロシアから来た皇帝ヒョードルが打ち破り、絶対王者に。そこにK-1から来た外敵であるミルコがPRIDEの看板選手となり、長らく期待されながら実現してこなかったヒョードル vs ミルコが、数年ごしにようやく実現した時、会場は文字通り熱狂していました。
PRIDEは外国人選手だけでも十分ファンの熱狂を生み出せる団体でした。当時自分は中学生でしたが、学校に行けば魔裟斗やKIDだけでなく、ヒョードルやミルコ、シウバやショーグンの話で盛り上がりました。
しかし、この「外国人選手だけで熱狂を生み出す」というのはあくまでガワだけの話です。外国人で盛り上がるか、日本人で盛り上がるかというのはそれ自体は些細な問題です。
(盛り上がってることが一番重要だから、RIZINの今の状況は素晴らしいと思います)
自分は、ストーリーの作り手が”団体”から”選手個人”に移り変わっていると今回の大会で確信しました。RIZINを制圧して、団体の顔になりつつあるシェイドゥラエフと、北米団体PFLのトップランカーAJマッキーが、お互いの団体のタイトルと威信をかけて戦う…格闘技団体としては、これ以上のストーリーを作ることができないくらいに、あらゆる要素が盛り込まれた試合でした。実際多くのコアな格闘技ファンはこの試合に昔のPRIDEファンと同様に熱狂していたと感じます。
しかし、実際5万人を収容した京セラドームの会場で熱狂を生んだのは、これら2人による戦いではなく、トップインフルエンサーである朝倉未来、平本蓮の2人でした。
この2人(特に朝倉未来)がやってきたことは偉大だと思っています。朝倉未来は自前でコンテンツを作り、ファンを獲得し、そこで作ったファンをRIZINに還元することに成功したし、平本蓮はトップスターである朝倉未来のカウンターパートとしての立ち位置、大きな影響力を獲得することになりました。
もちろん団体が作って来た格闘技という文脈と、個人で作った物語は独立したものではなく、両輪で走るようなものでありますが、ストーリーの作り手としての主導権が団体ではなく個人に移り、SNS活動等を通していかにファンの熱狂を生むかが、世界でトップクラスの実力を獲得することよりも成功に寄与する時代なんだと感じました
それは、PPVを見ながら聞く歓声の量だけではなく、後日現地勢から発信された「朝倉未来の試合が終わって帰る人が多かった」という声からも明らかです。
RIZINが格闘技団体として作れる最高のストーリーを、朝倉未来・平本蓮という強い個性と個のストーリーを抱えた2人の選手が上回ったということ、それは格闘技団体として、試合を通じてストーリーを紡いできたPRIDEの時代がもう来ないことを意味していると、自分は感じました。
決してネガティブには思いません。時代が変わったということであり、格闘技を通して作られるストーリーの主体が変化しただけで、その変化が望ましくないと思うなら格闘技を見なければ良いと思っています。
ただ、昔からPRIDEを見続け、今RIZINを見ている格闘技ファンとして、この試合が熱狂を生まなかったことは、PRIDEの世界観が死んだことを意味していると感じ、少しの悲しみがあったというだけの話です
