ドイツ移住10年目が正直に語る——楽しさ2割、苦しさ8割のリアル
来て良かったこと、しんどかったこと、全部書きます
「ドイツ生活、楽しいですか?」
そう聞かれると、一瞬だけ考えてしまう。楽しい、という言葉が正確かどうか、いつも迷うからだ。
第1弾でも書いたけれど、海外で目標に向かって生きていく中で、楽しさや嬉しさは2割、苦しさが8割だと思っている。でもその2割が、8割を超える重さ

を持っている——それがこの9年間だった。
■ しんどかったこと① 言語の壁は、想像の3倍ある
日本の大学在学中に1年間休学してフィンランドに留学していたので、英語は少し話せた。最初はそれで乗り切れると思っていた。語学学校ではドイツ語でドイツ語を習うスタイルだったが、先生が英語を交えて説明してくれたのでなんとかなった。
でも、町での生活は別の話だった。スーパーのレジでも、役所の窓口でも、最初は英語で話しかけていた。そのときの相手の反応は、正直言って不愛想だった。ところが、ドイツ語が話せるようになってから同じ場所で話しかけると、対応が全然違う。やっぱりみんな、母国語で話されると心が開くのだ。それを身をもって知ったのは、渡独してしばらく経ってからのことだった。
■ しんどかったこと② 自分へのプレッシャー
「きつい」という感覚よりも、「やらなきゃ」という使命感の方が常に強かった。好きなことを仕事にしたくてドイツに来た。だから、できない理由を探す暇はなかった。
ただ、自分にプレッシャーをかけすぎてしんどくなることもあった。(笑)誰かに強いられたわけじゃない。全部、自分で選んだ道だからこそ、逃げ場がなかった。

■ しんどかったこと③ インスタで見る、日本の友達の日常
「日本に帰りたい」と強く思ったことは、正直あまりない。まだ何も達成していないのに帰れない、という気持ちの方が強かったからだ。
でも、日本の友達が結婚式を挙げたり、みんなで集まっているのをインスタグラムで見たときは、「あー、いいなあ」といつも思っていた。その輪の中にいられない寂しさは、9年経った今もゼロにはならない。最近はもう、どうせ予定合わないと割り切っている。(笑)
■ それでも——「日本にいたら」と考えた夜
ふとした瞬間に考えることがある。日本にいたら、どうだったんだろう、と。
まったく別の人生だったのか。こんなにきつい思いをしなくてよかったんじゃないか。そう思う夜が、9年間に何度かあった。
後にも先にも、一番きついのは言葉だと思う。自分の思いをうまく伝えられない環境——それは語学の問題だけじゃなく、感情や微妙なニュアンスまで伝えられないもどかしさだ。まして、トレーナーという職業をしている私にとって、コミュニケーションはとても大事だ。そのためドイツ語は必要不可欠だった。どれだけドイツ語が上達しても、母国語で話すような「自分らしさ」が完全に出せるかといえば、正直まだわからない。
■ 来て良かったこと①——同じ夢を持つ仲間との出会い
それでも、ドイツに来て良かったと思う瞬間の方が、圧倒的に多い。
ドイツで目標に向かって生きている日本人と出会えたことは、この9年間で一番の財産のひとつだと思っている。
カフェでたまに集まって、近況を話す。それだけのことなのに、その時間がどれだけ支えになったかわからない。みんなそれぞれ違う夢を持って、違う苦労を抱えながらドイツで生きている。その話を聞くたびに、「自分も頑張らないと」と自然に思えた。誰かに言われたわけじゃない。ただ、同じ境遇の人が前を向いている姿が、そのままモチベーションになった。
日本にいたら、おそらく出会えなかった人たちだ。海外に来たからこそつながれた縁がある。それはしんどさ8割の中で、確かに光っている2割のひとつだ。

来て良かったこと②——自分で決めた道を生きている実感
日本にいると、ただ生活している人が多い印象を受ける。悪い意味ではなく、そういう生き方もある。でも自分は、好きなことを仕事にしたかった。そして、好きなことを仕事にするのは簡単なことではないとも知っている。その選択をして、9年間それを追いかけてきた。うまくいかないことも、遠回りも、全部自分で選んだ道だという実感がある。それが一番の「来て良かった」だと思う。
誰かに言われた道ではなく、自分で決めた道を歩いている。その感覚は、何物にも代えがたい。壁にぶち当たってもその壁を超える、そして超えた先に何事にも代えがたいものがそこにはあった。
ただ、「自分で決めた」と言いながらも、一人でここまで来たわけじゃない。親にサポートしてもらって、周りのいろんな人に応援してもらって、今がある。その事実は、どれだけ時間が経っても忘れてはいけないと思っている。
■ 9年目を終えて、思うこと
楽しさ2割、苦しさ8割——それは今も変わらないかもしれない。でもその2割の瞬間のために、8割を乗り越えてきた。いろんなものを犠牲にしてきた。それでも、その価値があるということを自分でもわかっているから。楽な人生よりも険しい人生のがわくわくする。そんな感覚だろうか。そしてまた、新しい挑戦が始まろうとしている。
10年目も、前を向いて進んでいく。
