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英語リスニングは「日英同時字幕」で伸びる

子どもがスランプに陥ったとき、親にできることは驚くほど少ない。それでも、たった一つだけ、よく機能したことがあった。

行き詰まると、人は同じ方向に努力を重ねようとする。けれどスランプとは、「そのやり方ではもう通用しない」というサインであることが多い。むしろ、成長の過程に現れる節目でもある。

やっかいなのは、渦中にいる本人ほど、その転換点に気づきにくいことだ。仕事でも、学習でも、おそらく変わらない。

我が家でそれが表れたのは、中学から始めた英語のリスニングだった。

中高生ともなれば、親に言われるほど、かえって耳を貸さなくなる年頃だ。言って動くくらいなら、とっくに打開できているだろう。ただ、本人にとっても、何が足りないのか、どこでつまずいているのかを言葉にするのは難しい。

そう考えると、親の役割は、同じ方向にもっと頑張れと背中を押すことではない。行き詰まっているときに、「いまのやり方がすべてではない」と気づける余地をつくれたらいい。そのうえで、やってみるのかどうかを決めるのは、あくまで本人だ。

振り返れば、親にできて、実際に機能したのは、環境を整えることくらいだった。


なぜ、停滞していたのか

英検準1級に挑戦していた頃、なかなか合格に届かない時期があった。

リーディングは順調に伸びていく一方で、リスニングは横ばいのまま。リスニングの上達に時間がかかるのは分かっていても、数字が動かない時期が続くと、本人のやる気も少しずつ削られていく。

原因は、振り返ればシンプルだった。これまでに英語の音を聞いてきた経験が、足りていなかったのだ。

帰国子女でない限り、日本の学校教育だけでは、英語を聞く総量はどうしても少ない。単語は知っている。読めば分かる。「分かる状態」までは来ていても、「流れてくる音を、そのまま受け止める経験」が決定的に不足していた。

勉強だけではカバーできない部分が、語学にはある。そこは、問題集を何冊増やしても埋まらない。むしろ英語は「楽しめてなんぼ」のところがある。自分の興味のあるものと英語を結びつけられたとき、はじめて夢中になり、浴びるように触れる時間が続く。それが力になっていくのだと思う。


英語を楽しめる環境づくり

そこで意識したのは、勉強の量を増やすことではなく、英語を楽しめる方向へと環境をずらすことだった。好きな海外ドラマやアニメを英語音声で観る。とりわけ、慣れ親しんだ内容の動画は効果的だった。話の筋を知っているぶん、内容ではなく英語そのものに意識を向けられる。しかもアニメは会話の密度が高く、短い時間でも効率よく英語に触れられる。

具体的に取り入れたのは、英語音声の動画を日英同時字幕つきで視聴することだった。身近に、この方法で結果を出していた実例があり、後押しとなった。もちろん、これだけやっていれば良いというものではないが、余暇の中に英語を取り入れられる、続けやすい選択肢だった。

手順は、すでにネットに詳しい情報があるので、ここでは割愛するが、加入や初期設定(Netflixなどの動画配信サービスやChromeの拡張機能)といった入り口だけは、親の手助けが要るだろう。

正直なところ、当時は劇的に変わるとは全く期待しておらず、「やらないよりはマシかな」程度に考えていた。

ところが、信じられないほど上がった。しかも一時的なものではなかった。


実際に起きた変化

2回目の不合格のあと思い立ち、次の試験まで、およそ4ヶ月。明確な変化が現れた。

リーディングが回を追うごとにおよそ20ずつ順当に伸びていったのに対し、リスニングはCSEスコアで50近く跳ね上がった。合計スコアを、リスニングが合格ラインの上まで押し上げる形になった。

なお、その後の共通テスト模試でも、この変化が継続的な力として定着していることを確認できた(詳細は別記事に)。


能力ではなく「処理の質」が変わる

あとで本人に聞くと、変わったのは大きく二点あったという。

ひとつは、試験の音声が、以前より遅く感じるようになったこと。もちろん、音声そのものが遅くなったわけではない。そもそも、ドラマやアニメの音声は非常に速い。それに慣れたぶん、試験の音声についていくだけの余裕が生まれたのだ。以前は聞いたそばから消えていた音が、だんだんと頭に残るようになった。

もうひとつは、分からない箇所が出てきても、慌てなくなったこと。以前は、一語つまずくと、そこで頭が真っ白になった。それが、聞き取れないところはあっても、そのまま続きを聞けるようになった。

リスニングは、聞き取る力だけでできているわけではない。どんな発話にも、聞き取れない音は数多くある。それを、頭の中の英語で埋めようとして、かえって混乱する。聞こえないものは聞こえないまま、音のまま受け止めていく。その持久力のことなのだと思う。

発話の中で「分かる音」を一つずつ増やしていく。遠回りに見えて、これが近道だった。


なぜ日英同時字幕が効くのか

からくりはこうだ。英語音声の動画に、内容と一致した英語字幕(CC)と日本語字幕を一緒に表示して視聴する。聞き取れなかった部分も、その場で確かめられる。いわば、「瞬時の答え合わせ」の連続なのだ。

ただ音を浴びるだけでは、効果は限られる。聞き取れなかった音が、結局何だったのか分からないからだ。字幕で答え合わせを重ねるからこそ、次に出会ったときには「分かる音」に変わっていく。

最初のうちは、読めない・聞こえない・分からない、の三拍子がそろっている。それでも回を重ねると、ばらばらだった音が、意味のあるかたまりとして耳に届きはじめる。映像が文脈を補うぶん、セリフは単なる音ではなく、場面ごと記憶に残っていく。同じような場面で繰り返し出てくる表現や会話の流れが、知識としてではなく体感として積もっていくからだろう。

ここで思い出してほしいのが、日本語字幕の見方だ。私たちは映画の日本語字幕を、文章として一行ずつ読んではいない。視界に入った瞬間、ほとんど見ると同時に意味が取れている。読むというより、見ている。それと同じことが、英語字幕でも少しずつ起こりはじめる。最初は一字一句たどっていた英語が、ある時から、視界に入れた瞬間に意味が立ち上がるようになる。

やがて、字幕は「読む」ものというより「見る」ものに近づく。もっとも、この域に本当に入るのは、英検1級以上の力がついてくる頃だろう。それでも、その手前から変化は確かに始まっている。

これはリスニングのための工夫だったはずなのに、英語をかたまりで捉える習慣がついたぶん、リーディングの速度や語彙の定着にも、副次的につながっていった。


この方法が機能する条件

英語音声を聞いて慣れ親しむことは、誰にとってもプラスになる。ただ、即効性を引き出すには、前提としてある程度の英語力が必要だ。

英語字幕を見たときに「知っている単語だ」と感じられるものが多いほど、効果に直結するからだ。

少なくとも英検2級前後の力はあった方が望ましいだろう。逆に言えば、読む土台はあるのにリスニングだけ伸び悩んでいる人には、格好のスランプ打開策となる。日本人には、このタイプが多い。


スランプの本質

振り返ると、あの停滞は無駄ではなかった。

むしろ、それまでのやり方では届かないことを教えてくれる期間だった。視野が狭くなりがちな時期に、いったん方向を変えてみる契機でもあった。停滞というかたちで、その転換点を知らせてくれていたのだ。

環境を整えるとは、単純に何かをプラスすることではない。そもそも英語音声動画の視聴も、スケジュールに余裕がなければ手が回らない。通塾を詰め込みすぎれば、その時間は取れないだろう。何を足すかと同じくらい、何を引くか、その引き算こそ、親が手を貸せる数少ない場面なのかもしれない。

子どものスランプと向き合うなかで、親にできたのは、正解を教えることでも、もっと頑張れと急かすことでもなく、ほかの道もあると気づける、その環境を整えることだった。



この方法を教えてくれた人の話は、こちらにあります。


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