子どもの字にあらわれる世界との距離感
子どもの字を見ていると、よく気づくことがあります。
字と字の間が狭い。
書き出しが、紙の上や左右にぎりぎりまで詰められている。
書写の技術として見ると「もう少し間をあけよう」「余白を意識しよう」と指導する場面かもしれません。 けれど私は、そこにもう一つの視点を重ねて考えています。
――その子は、今、どんな世界に立っているのだろう。
◆ 字の空間は、心の空間
筆跡心理学では、文字の中や、へんとつくりの間にできる空間を「開空間(気宇)」と呼びます。 この空間は、外からの情報や人との関わりを受け取り、また外へ送り出すための“余白”のようなものだと考えられています。
開空間が狭い字は、外界に対して慎重で、防衛的な姿勢を示す一方、 一つのことに深く没頭できる力、集中力の高さをあわせ持つとも言われます。 技術者や研究者、画家などに多く見られるという見方もあります。
◆ 子どもの「狭さ」は、未熟さではない
子どもの字にこの特徴が多く見られるのは、性格が悪いからでも、心が閉じているからでもありません。
単純に、 世界がまだ小さく、 視野もこれから広がっていく途中だから。
人との距離感も、社会との関わり方も、経験を通して少しずつ学んでいる最中です。 そのプロセスが、字の空間として表れているのだと私は感じています。
だから私は、こう捉えています。
子どもの字は、世界を広げている途中。
◆ 大人になっても残るもの、変わるもの
もちろん、大人になっても字間が狭く、開空間が小さいままの人もいます。 それはその人の「資質」や「もともとの気質」が、字に残っているとも言えるでしょう。
ただし、人の資質というものは、消えはしませんが、固定されるものでもないと思っています。
関わる人が増え、 経験を重ね、 役割が変わっていく中で、字の空間に少しずつ変化が生まれることもあります。
本質は変わらなくても、 振る舞い方や選択肢―― いわば“引き出し”が増えていく。
字は、その変化をとても正直に映します。
◆ 字は、その人の「今」を映す
字は性格を決めつけるためのものではありません。 良い・悪いを裁く道具でもありません。
今、どんな世界に立っているのか。 どんな距離感で、人や社会と関わっているのか。
その一端が、線や空間として、ふと表に出てくる。
だからこそ、私は字を見るのが好きなのだと思います。
字は、心の成長の途中経過。
今日の一行も、 明日の一画も、 きっとその人の世界を、少しずつ広げていきます。
