誰か一人の行動が一気に僕の世界を広げていった話
僕は個人事業主ですが、いくつかの吹奏楽や管楽器打楽器などクラシック音楽の事業をしていて、その中に「Golden Hearts Publications」という楽譜出版事業があります。
海外で自費出版をしている作曲家の作品を日本で印刷販売代行することから始まり、いまは海外の作曲家(といってもほとんどイタリア)の作品をGolden Hearts Publicationsから出版するようになりました。
最初からそれを狙っていたわけでもないし、最初から楽譜出版事業をやろうと思っていたわけではなくて、あらためて御縁が重なって不思議なことになっているなと思います。
元をたどると、僕は吹奏楽系の会社(録音とか楽譜出版とかをやっている会社)で会社員をしていたのですが、そこを辞めて別業種に移ったときに、どうにも仕事が面白くなかったんですよね。
やっぱり吹奏楽の現場の愛好家、演奏者の人に役立つ仕事をしないと、どうも満たされない。
僕は吹奏楽オタクでもないし、ただ自分が高校、大学、社会人と吹奏楽を続けていたというだけなので詳しくもないのですが、なんらかの役に立ちたいという気持ちがずっとあります。
それで稼げるなら苦労はしないのですが、会社員も落伍し、ちょっとヒマを持て余していた、要はプー太郎時代に、英語の練習も兼ねて海外向けの英語のブログを始めました。
当時、海外の作曲家などとFacebookで友人になっていたので、彼らに向けて「日本市場で成功するためには」という、欧米のスタンダードとも違う日本のマーケットの独特な感じをブログで発信していたんです。そのままやってても日本では成功できないよ、という。
その後僕は「Wind Band Press」という吹奏楽の情報サイトを立ち上げて開業し、若い社長が一人で始めた新興の出版社のコンサルタントをしながらほそぼそと生きていくことになりました。
その頃に、バルト・ピクール(Bart Picqueur)というちょっと一瞬1曲くらい日本でヒットした経験のあるベルギーの作曲家から、紹介したい人がいると言われて、同じベルギーのディートリヒ・ヴァンアケリェン(Dietrich Van Akelyen)という作曲家を紹介されました。
ディートリヒによると、彼はどこの出版社にも作品を預けずに自分のサイトで楽譜を販売していて、吹奏楽の作品が少しあるから、日本でも自分の作品が演奏されて欲しいという話でした。バルトもディートリヒもここまでの話をFacebookだけでやり取りしていました。
コンサルタントとして入っていた会社の社長に「興味ありますか?」と話を振ってみたところ、「やりたい」ということだったので二人を繋いだのですが、これが全然動きがない。数カ月して僕もコンサルタントを降りました(僕のスピードが速すぎて社長の重荷になっていると感じたので)。その後、社長に確認したら、「まだヴァンアケリェンさんに連絡していません」とのことで、紹介した手前、それはマズイぞということになりました。
社長に「僕がやってもいいかね」みたいな確認をして、あらためてディートリヒに連絡を入れ、僕が楽譜出版事業を始めることになりました。
バルト・ピクールも自分の出版社を持っていたので、ディートリヒ・ヴァンアケリェンから始まり、バルト・ピクール、そしてピート・スウェルツ(Piet Swerts)というベルギーの作曲家の自費出版作品の日本での販売を代行することになりました。
ですので元をたどれば僕がヒマこいて書いていた海外向けのブログが芽だったんじゃないかなと思います。
そしてそれを見たベルギーの友人(バルト)が、他のベルギーの作曲家を連れてきて、さらに他のベルギーの作曲家も賛同してくれてという流れです。
それだけでは作品が足りないので、「Wind Band Press」を通じて知り合っていた他の国の多くの作曲家にコンタクトを取り(Wind Band Pressは当初日本での知名度が低い作曲家などの紹介をしていました)、台湾出身でアメリカ在住のスーユー・ホァン(Ssu-Yu Huang)、イラン出身で当時ドイツにいたアミル・モルックポーア(Amir Molookpour)、イギリスのロブ・ウィッフィン(Rob Wiffin)と販売代行の契約をしました。
香港のマンチン・ドナルド・ユー(Man-Ching Donald Yu)からは、「代行ではなく出版をしてほしい」という要望があり、これが初の海外作曲家の作品の自社出版作品になりました(会社じゃないですけど)。
その後、お客様からのお問い合わせをきっかけにブルガリアのルーメン・ボイヤジェフJr.(Rumen Boyadjieff Jr.)とも販売代行の契約をし、他には知り合いだったフランス生まれのニュージーランド人であるクリストファー・マーシャル(Christopher Marshall)、そして僕が個人的に昔から作品を好きだったフランスのジャン=フィリップ・ヴァンブスラール(Jean-Philippe Vanbeselaere)とも販売代行の契約をしました。
それらと並行して、日本では以前からTwitterで交流のあった木原塁さんや、広島ウインドオーケストラの演奏会場で紹介された正門研一さんなど、日本人の作品を出版していくことになります。
そのうち「マンチンや日本の作曲家の作品を海外市場に出そう」と海外向けのストアを作り販売も始めると、あるとき海外から一通の売り込みメールが届きました。イタリアのサクソフォーン奏者のヴィト・ラ・パグリア(Vito La Paglia)という方で、自分で演奏するために古典をアレンジしている人でした。凄くきれいなアレンジだなと思ったので出版の契約をしたのですが、そこから続々と彼の友人から「俺の作品はどうだろうか」という感じで売り込みラッシュが始まりました。
ほとんどの人はクオリティも高く、イタリアの現代のクラシックの世界を知らなかった僕は驚いたものです。
その後もサクソフォーンだけでなく様々な編成のイタリアの作品を扱うことになり、いまではイタリアの作編曲家は、日本人の作品と並び、Golden Hearts Publicationsを特徴づける人たちとなっています。
これには少しおそらくまた別のきっかけがあって、上述の正門研一さんがイタリアの作曲賞に応募して優秀な成績を収めたんですね。(確か1年目が2位で2年名が1位)
それで正門研一さんはイタリアのコネクションがたぶん相当広がったと思うので、その影響もあると思うんです。
実際に正門さんから「こういう人がいるけどどうか」と紹介されたマッシモ・スガルジ(Massimo Sgargi)のような作曲家もいますし、他の日本の出版社(彼らはほとんどの場合日本しか見ていないと感じます)に「いまは新規の契約を増やしていない」などと「それは嘘だろう」というような理由で断られて僕のところに相談してくれたルカ・ペッティナート(Luca Pettinato)もいます。僕からすればラッキーでした。
こうして、Golden Hearts Publicationsのイタリア作品はサクソフォーンから始まり、ピアノ、ファゴット、ハープシコード、そして吹奏楽と、なかなかおもしろい展開を見せるようになりました。
何が言いたいかというと別に何も言いたくないのですが、「誰か一人の行動が一気に僕の世界を広げていく」ということを体感してきた10年だったなと、あらためて思うわけです。
もちろん、その誰か一人のアクションを無視してしまえば、こちらの世界はそれ以上広がりませんから、こちらがどうリアクションするかも大事な要因です。
とはいえ、何かきっかけがあったとしてもほとんどのことは僕にとっては偶然なので、おもしろいこともあるもんだなあ、という話。
もし吹奏楽や管楽器、打楽器、ピアノ、ハープシコード、琴、グンデル、クラシックギターなどを演奏されている方がこの記事を見ていたら、ぜひ僕のお店に遊びに来てください。オンラインですけど。
面白い作品が色々あるので、どれか気に入る作品と出会えるかもしれません。いや、出会って欲しいですね。
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