ダメなところが魅力的
AIが作った文章や動画が、当たり前のように身の回りにあふれるようになりました。完成度は高いのに、なぜか心が動かない。そんな小さな違和感から、不完全であることの魅力について書きました。
*この記事は、オープンアップITエンジニア社員に向けたメッセージブログです。#オープン社内報 #社長ブログ として社外の人にも公開することで、当社の文化社風、価値観、経営者の考え方などが少しでも伝われば幸いです。
完成度が高いのに、心が動かない
最近、AIが作った文章や動画を目にする機会が本当に増えました。論理的で、よく整理された文章や、「本物以上に本物らしい」と感じる動画もあります。ほんの一瞬で、誰でもそれなりのクオリティのものを作れてしまう時代になりました。テクノロジーの進化は素晴らしいですし、私も色々なシチュエーションでAIの手を借りています。それでも、見ている途中で「あ、これはAIが作ったものなんだろうな」とAIくささを感じとった瞬間、なぜか少しだけがっかりしてしまうことはありませんか?完成度は高いはずなのに、心があまり動かない。この感覚は何なのだろう、と考えることがあります。
機械化や自動化が進み、高品質なものを大量に生産できるようになった今でも、私たちは不格好な手作りのものに惹かれがちです。多少歪んでいたり、均一ではなかったりするところに「味がある」と感じます。ひとつひとつ色や形がバラバラであることが、むしろ個性だとか一品ものとして高く評価されることもあります。その不完全な部分にこそ、人が時間をかけて思いを込めて作ったという痕跡があって、それを私たちは無意識のうちに感じ取っているのだと思います。
人は完璧さよりも不完全さに惹かれる
これは、人に対しても同じことが言える気がします。他人が持っている長所や魅力を見て、「いいな」と感じることは誰にでもあると思いますし、ときにはそれが羨ましさを超えて、自分の足りなさを突きつけられたように感じてしまうこともあります。自分にはないものを持っている人を見ると、自分が劣っているように感じたり、自信を失ってしまったりする人もいるでしょう。
でも、よく考えてみると、完璧な人間は本当に魅力的なのでしょうか。苦手なこともなく、欠点もない人は、確かにすごい存在です。ただ、どこか近寄りがたい気もします。人にはそれぞれ、得意なことがあり、同時に苦手なこともあります。長所もあれば短所もあります。少しダメなところがあるからこそ、人は親しみやすくなり、その人らしさがにじみ出るのではないでしょうか。非の打ち所がない完璧さよりも、不完全さの中にある個性のほうが、ずっと魅力的だと思います。自分のダメな部分があるからこそ、良いところが引き立ちます。そのバランスこそが、「自分らしさ」なのだと思います。
ダメな部分を受け入れたら人とのつながりがうまれる
だから、短所や欠点を恐れる必要はまったくありません。できないことを隠さずにさらけ出すことで、誰かのサポートを得られることがあります。自分ひとりではどうにもならなかったことが、誰かの得意によって前に進むこともあります。そして今度は、自分の長所を使って、別の誰かをサポートすることもできます。そうやって、人はお互いの不完全さを前提に、支え合いながら生きています。完璧を装って一人で抱え込む世界よりも、できないことを「できない」と言える世界のほうが、ずっと健やかで、温かいと思います。私も自分のダメなところも、他人のダメなところも大好きです。「俺ってこういうところダメなんだよな」「あいつ、ほんとダメなやつだなー」でも、それがなんかいいところで憎めないんだよな。そんな感覚です。
AIがどれだけ進化しても、人が人である限り、この価値は変わらないはずです。不完全であることを受け入れ、サポートし合いながら「できない」を「できる」にしていく。その過程にこそ、私たちは惹かれますし、そこから自然とリスペクトが生まれていくのだと思います。
当社の行動指針であるOPE-Wayのひとつ
Build up our Culture -認めあい、讃えあい、高めあう
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あとがき
はじめて豊洲市場場外の千客万来に行きました。外国人は少なく、コスパの良いものが食べ歩きできてとても満足度が高い!どんなもんかと築地場外にも立ち寄ると、そこはインバウンド祭り。お店の人の英語も流暢で、なんなら外国人が外国人に商売してます。感覚ですが値段も1.5~2倍くらいするような。。。
古巣Oracleのオフィスに遊びに行きました。オフィス内に日本庭園と茶室が! 窓からは神宮外苑を見下ろすロケーション。噂には聞いていたけどすごいな。

