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「揺れたバンコク」:ミャンマー大地震の瞬間、私はそこにいた

タイで初めて地震を経験した。
震度は体感でおそらく3くらい。

この記事では、先日のミャンマー大地震によるバンコクでの影響を、実際にバンコクにいた私自身の視点で書いています。
※この記事は、約5分で読めます。


コンドミニアムのエレベーター前



地震が起きたそのときに

時は遡ること3月28日。

在宅で仕事をしていた、なんでもないいつも通りの金曜日。

昼ごはんのカオマンガイを食べ終えるやいなや、
夜ご飯は何を食べようかを考えながら、座って一休みしていた。

12時50分

あと、10分したら仕事を再開しよう。

そう思いながら、スマホを眺めていると、
なんだか頭がフラフラしてきた。

食後に貧血?カオマンガイの食べ過ぎ?かと思い立ち上がると、
過去に経験したことのある揺れ方だということに気づいた。

「これは…地震?いやまさか…」

日本であればすぐに地震だと判断できるが、
タイで地震が来ることは全く想定していなかったので、
理解するまでに時間がかかった。

ゆっくりと弱く、
それでも安定している振れ幅の大きい振り子のような動きだった。

「地震?まぁすぐ収まるか。」と思い、
夜ご飯について再び考えていたら、地面から地響きを感じ始めた。

これは、何回も地震を経験した人にしか理解できないと思うが、
大きな揺れが来る直前に「ゴォー」という地面のパワーを感じることがあると思う。

タイでも同じような感覚を覚えた。

そして、その感覚を得た直後に、「ガタン」と音を立てて、揺れ始めた。
ここで、本格的に地震が来たことをようやく頭で理解した。



地震が起きたそのあとに

私は6階に居住しており、体感でいうと震度は3くらい。

良くも悪くも、地震に慣れていたので、
たいしたことはないと揺れが収まるのを待っていたら、
上から小石や砂が落ちてきたのだ。

よく、映画で見るだろう。
遠くで爆発が発生した後に、地響きの影響で
いる建物の天井から小石などが降ってくるシーンを。
あれが目の前で起きていた。

小さながれき

それを目の当たりにしている状況を反芻する間もなく、
次の未知なる恐怖が襲ってくる。

いつも見ている、そして暮らしている壁に
ピキピキと音を立ててヒビが入っていく。

「これは、ヤバい…!」

不思議と恐怖よりも先に身体が動く。

パスポートと財布とスマホを持ち、一目散に外に出る。

同じフロアの住人が、パジャマで逃げているところに出くわした。
「昼まで寝てるなんて、どんな仕事をして生きてるんだ…(今思えば盛大なブーメランである)」とは、思う余裕などあるはずもなく、

「こっちに階段あるよ!」と声を掛け合いながら、
全員で非常階段を使って一目散に降りて行った。

降りた先では、すでに大勢のコンドミニアムの住人が避難していた。

ヒビが入りはじめた室内


ヒビが入りはじめた室内



屋外に避難したそのときに

うちのコンドは、民泊とペットが禁止である。

それにもかかわらず、すでに大勢の見たこともない外国人や、犬や猫を抱えた住人が待機していたのには不覚にも笑ってしまった。

さらに、あたりを見渡すと、

・上裸のまま避難してきた全身刺青の中国人男性
・シャワーの途中で避難してきたのか、バスタオル一枚巻いて避難してきた女性
・手を繋いで歩きながら避難してくる推定60代の欧米人男性と20代のタイ人女性
・屈強かつ筋肉質な足腰で避難してくるレディーボーイ
・黒いキャミソールに厚化粧で体重が100kg近くありそうな性別不明のタイ人

タイというお国柄か、
これが多様性だと言わんばかりの”生き物たち”がそこには集結してきた。

ただ、よく見ると、
中にはパニックになっている人、泣いている人さえもいた。

落ち着いているように見える人も、靴すら履いてきていない人が多く、
実は内心パニックだったのかもしれない。

日本人の私からすれば、たいした揺れではなかった地震だが、経験したことがない人たちからすると、とてつもない恐怖だったのか…と慮ると同時に、いかに日本という国が異常なほど地震と隣り合わせなのかを身に沁みて感じた。

なんか…地震って本来こういうものなんだな。
と恐怖よりも先に、変に状況を俯瞰して見てしまった。

日本で震度3程度の地震が来ても、
特に気にしないで生活できるけど、
海外だと建物が崩れそうになるんだと初めて知った。

これまで日本が地震という天災に襲われ、たくさんの痛ましい被害を受けたその経験から得た耐震技術に、私たちは当たり前のように生かされている。

「海外に行くと、いかに日本が恵まれているかを知れる」

こんなことはよく言われるが、今回の震災の経験を得て、
これほどまでにこの言葉を実感することは他にないだろう。

コンドミニアム前の状況
コンドミニアム前の状況



屋外に避難したそのあとに

その後、全員で35℃近い灼熱の太陽の下で、
管理者による建物の損傷状況の確認を待った。

私は、午後にクライアントとミーティングが入っていたのを思い出し、
さすがにリスケさせてもらおうと地震があった旨を連絡したら、
「マジか!了解!」とだけ返ってきた。

「お腹痛いので休みます」と間違えて送ったのかと、
何回か確認してしまうくらいのカジュアルさだった。

事情を詳しく伝える余裕がその時なかったので、
「地震が発生した」だけであれば、
日本人の感覚であればこれくらいなんだろうな、
とも同時に考えていた。

逆に、
「地震で建物にヒビが入り、倒壊のおそれがあるので、
ミーティングはリスケでお願いします。事情はのちほど。」
でもよかったのだが、なんか大袈裟というか、
厨二病で嘘っぽい感じが出てしまう気がしたので、
言わなかった。(もちろん落ち着いた後に事情は説明した。)

他には、待ち時間にXを開き、在タイ日本人の一時情報として感じたことをそのままXに投稿したら、バズってしまった。

私としては、なんて日だ!と叫びたくなるような1日である。



屋外に避難したしばらくあとに

そんなこんなで、あっという間に3時間くらい経っていたが、
水を口にしていなかったことに気づき、水を探しに行く。

どこの店も屋外に避難している影響で営業しておらず、
途方に暮れていたら顔馴染みのセブンイレブンの店員と目があって、
水買えますか?と伝えたら、無料でくれた。

タイという国に来てからというものの、
人の優しさには何度も救われている。

その後結局、5時間くらい外で待っていた。

建物を確認するのは管理者なので、
どんな基準でチェックしているのかがわからない。

さすがにこのことばかりは「マイペンライ(大丈夫)」とはならず、
不安だったので本震に備えてその日は郊外に泊まることにした。

公共交通機関に関しては、大幅に影響が出たため、
バンコク市内の人々は徒歩で帰宅する人が多くを占めた。

私のタイ人パートナーも例に漏れず、数時間かけて徒歩で帰宅してきた。

わりと心配していたので、
韓国ドラマのような感動的な再会を心待ちにしていたのだが、
疲れがピークすぎて「お、おう。大丈夫?」で終わった。

それからその後、ようやく数分だけ部屋に戻る許可が出た。

全員まとめて戻るとなると、
損傷箇所に負担がかかり崩れる可能性があるからとのこと。

詳しいことはわからないが、素人の私からしても、
地盤にスキマがある状態で上に乱雑に物を載せたら崩れることくらいは、
ジェンガで経験済みなので、理屈はなんとなく理解できた。

そして、なんとか部屋に戻り、荷物をまとめた。

※このとき、パートナーがのんびりソファに座っていたので、疲れているのはわかるが、こればかりはさすがに心を鬼にして急かした。

結局、週末はバンコク郊外南部に宿泊した。

このような安全欲求が満たされない状況では、
改めて、周りに恵まれていることを実感するばかりである。

地震の影響からか信号が消えている



さいごに

海外で地震が起きたら、
これまでの日本の常識は通用しないことがわかった。

日本では、建物から出てはいけないと教わってきたが、
海外では、耐震技術が万全でなく、
建物が崩れてくる可能性があるので、
屋外に避難しないといけない。

私は地震のプロでもなんでもないただの素人だが、
だからこそ、あなたと同じ目線で感じたことを届けている。

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さいごに、私についてはこちらをご覧ください。
ハートいただいた方、ありがとうございました!
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追伸

数時間後に地震のニュースを見たクライアントから、
「すまん、さすがにここまでとは思わなかった!大丈夫?」
とその日の夜に連絡があった。

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ヨシダシュンスケ │ タイ在住🇹🇭 何卒。

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