「昭和の価値観」を笑う人へ伝えたい あなたが今立っていのは誰が作ったの?
先日も記事にしたけど、最近、「老害のおじさん」や「昭和の時代遅れのおじさん」というょうな言葉をよく耳にする
それは、まるで昭和の価値観そのものが時代遅れで、否定されるべきもののように扱われているような感じだ。
でも僕は正直言ってこの風潮に強い違和感を覚えている
なぜなら・・
今の世界に冠たる技術大国日本という土台を作ったのは、まぎれもなく昭和の人たちと信じているからです。
戦後、日本は焼け野原だった。
何もないところから、インフラを整え、企業を興し、技術を磨き、
世界に通用する国へと押し上げてきたのではないのか?
その中心にいたのが、昭和の世代ではないのか
私たちが今、当たり前のように使っている
電気、水道、道路、インターネット、そして安全で安定した社会
これらはすべて誰かの努力と犠牲の上に成り立っている
にもかかわらず、その基盤の上に立ちながら、
「昭和の価値観は古い」と一刀両断する現代の人達
もちろん、昭和の価値観のすべてが正しいとは思わない
根性論、過度な上下関係、今の時代では通用しない考え方も確かにあった。
でも、それは「間違っていた」からではなく、「役割を終えただけ」ではないかと少なくとも僕は思うのです
でも、一方で、今の時代にも弱さがあるのではないでしょうか?
効率や快適さを求めるあまり、我慢する力や、やり抜く力が軽視されがちないでしょうか?
傷つくことを避ける一方、乗り越える力が育ちにくくなっているではないでしょうか?本当に必要なことは、どちらかを否定することではないと少なくとも僕は思うのです。昭和の強さと、現代のしなやかさ。この両方を持つことではないでしょうか?
昭和の人たちは、確かに厳しかったです。でもが同時に、責任を背負い、結果を出し、社会を前に進めてきたのではないでしょうか?
この事実は、消えることはないと少なくとも僕は思うのです
現代の私たちにも問われていることは・・
「私たち、そしてあなたたちは、未来のこの社会に何を残せるのか?」
ただ、昭和の価値観を批判するだけでいなのか?それとも、自分の時代を生き切るのか
過去を笑うのは簡単だと思う。
でも、未来は、過去を乗り越えた人間にしか作れないのではないでしょうか?
昭和を否定するのではなく、昭和を学び、昭和を超えていく
それこそが、これからの時代を生きる私たちの責任だと、私は思うのです
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