「男のプライド」という名の呪縛と、私の静かなる宣戦布告---
今日もあまりきれいな話ではないが綴ってみる。
最近は連投出来ている。
私自身の調子も良いのかもしれない。
はじめに:繰り返される「朝」の風景
今朝も、私の朝は「奴」の粗相の始末から始まった。
起きて早々に呼ばれる。
馬鹿か!
「おしめをしてくれたら、お互いどれほど楽になれるだろう」
そんな思いが頭をよぎるが、口には出さない。
言ったところで、あの「変なプライド」が邪魔をして、事態が悪化するのは目に見えているからだ。
2:トイレという聖域を汚す「男のプライド」の正体
我が家のトイレは、この夏に改修をした。
家を建ててから40年。
最新の設備、トイレの更新である。
奴が帰ってくるまでは、そこは我が家にとっての数少ない「綺麗な空間」だった。しかし、奴が戻ってきてからというもの、その綺麗さは無残にも汚染され続けている。
奴の中には、奇妙なこだわりがある。
「立って尿をすること(いわゆる立ちション)」
ができることこそが、男の証であるという勘違い。
身体が思うように動かなくなっているにもかかわらず、その動作に固執する。結果として、狙いは外れ、便器の縁や床が汚れる。
奴なりに拭いている形跡はある。
しかし、その「拭いた」という自己満足が、かえって汚れを広げていることに本人は気づかない。見えない汚れ、染み付く臭い。
それを拭い去るのは、いつも私の役目だ。
3:折れた心と、午後からの決死の掃除
今日の午後は、残った力を振り絞ってトイレ掃除を行った。
這いつくばるようにして床を磨き、便器を掃除する。
ピカピカになったトイレを見て、ようやく一息ついた。
しかし、そのわずか10分後。奴がトイレに入った。
嫌な予感。
案の定、そこにはまた新たな汚れが散っていた。
掃除が終わってから、たったの10分。私の努力も、時間も、精神力も、すべてが無に帰した瞬間だった。
さすがの私も、この時ばかりは心がポキリと折れる音が聞こえた。
4:ケアマネとの対話:家族という名の複雑な方程式
午前中には、母が通うデイサービスの一室を借りて、ケアマネジャーとの担当者会議に参加した。
我が家は特殊な状況にある。
奴、母、弟の3人を、同じケアマネジャーが担当しているのだ。
そのため、話は個別の計画に留まらず、家族全体の総合的なマネジメントへと発展していく。
私はケアマネジャーに、はっきりと自分の意思を伝えた。
「奴には、一切の介護サービスを入れなくて結構です」
これは、先日のトラブルを受けて私が下した決定事項。
奴が家で自滅していくのを、ただ静かに待つ。
冷酷に聞こえるかもしれないが、これが私の選んだ生存戦略だ。
幸いなことに、ケアマネジャーは私の置かれた状況を深く理解し、この意見に賛同してくれた。何より、奴自身が「サービスなんて要らない」と虚勢を張っているのだから、本人の意向にも沿っていることになる。
5:要介護者3人を抱える「私の平穏」
傍から見れば、私は「ひとりで要介護者3人を看ている苦労人」に見えるだらしい。ケアマネジャーも、私の心身の健康を心から心配してくれている。
しかし、不思議なことに私自身は案外平気な部分がある。
元来、苦労を「苦」だと深く捉えない性質なのかもしれない。
大変なのは事実だが、そこに悲壮感はない。
母と弟の面倒を看ることについては、納得している。
これまでの人生で、奴のせいで二人にかけさせてしまった苦労に対する「罪滅ぼし」だと思っているからだ。彼らを支えることは、私にとっての義務であり、救いでもある。
だが、奴は別だ。
6:従順な仮面の裏側で、舌を出す奴の前で、私は「従順な同居人」を演じている。
文句を言わず、粗相を片付け、食事を出す。
しかし、その背中越しに私は思い切り舌を出している。
「早く自滅しろ」
心の中でそう唱えることが、今の私の生きる糧である。
奴のプライドを尊重しているふりをして、その実、彼が自らのこだわりによって自滅していくプロセスを観察しているのだ。
来週、私は1泊で東京へ向かう。
これは私にとっての休息であると同時に、奴に対する「教育」でもある。
私という存在がいなくなった時、自分の生活がどれほど立ち行かなくなるのか。
それを身をもって知るべきだ。
私が家を空けられない状況を固定化させてはいけない。
この1泊2日は、今後の自由を確保するための布石なのだ。
結びに:その「時」を待ちながら
今でも、奴に激しくキレられたら、いつでもこの家を出ていく準備はできている。荷物をまとめ、新しい生活へ踏み出すシミュレーションは何度もした。その「決定的な瞬間」が来るのを、私はずっと待っている。
しかし、皮肉なことに、そういう時に限って決定的な事態は起きない。
今日もまた、私は汚れた床を拭き、奴の背中に冷ややかな視線を送りながら、淡々と日常をこなしていく。
東京行きの飛行機に乗る時、私はどんな顔をしているだろうか。
少なくとも、その時だけは「介護者」という肩書きを脱ぎ捨て、一人の人間として呼吸ができるはずだ。
はずだ・・・。
奴の自滅を待ちながら、私は私の人生を諦めない。
明日の朝もまた、粗相の始末をするのだろうか。。。

作者:しゅうさく
アラフィフ会社員(名ばかり管理職)で2児の父。月の半分は飛行機の距離にある実家に帰省し家族を遠距離介護中。以前は副業でライター・ライフコーチをしていたが諸事情により辞める。しかし、書くことと人の話を聴くことが好き。相談支援を専門とする国家資格を保有。職業柄、傾聴と共感を大切にしています。介護の疲れから心療内科に通うほど追い込まれ現在も通院中。介護を通して心の揺れや気づきを静かに言葉にしています。酒と飛行機が好き。最近は老眼が一気に進みました。
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