俺たちには栄光の明日しか見えていなかった〜最初で最後の余興(前編)〜
これから書いていくのは、私が「人生の三大失敗」と呼んでいるもののひとつである。
ちなみに三大失敗のうちのひとつは、すでに記事にしている「小学校時代の罪」の話だ。
残りのひとつも、近いうちにお目にかける機会があるだろう。
あれは私が酒とパチンコに溺れていた20代半ばのころのこと。
この物語は、職場の先輩から「一緒に結婚式の余興をやらないか」と誘われたところから始まる。
その先輩は私と一緒に酒とパチンコに溺れていた人で、酒宴で一発芸を披露することも多い陽気なキャラクターだった。
その実績を買われ、同僚のひとりが彼に結婚式の余興を依頼したのだ。
光栄なことに私は、その余興のメンバーのひとりに選ばれた。
普段、パチンコに行く時には車を出してもらい、酒代まで出してもらっている先輩の頼みだ。
どうして断ることができようか。
便宜上、この物語では彼のことを「おにくさん」と呼ぶことにする。
おにくさんと私は、若手の中からさらに三人の精鋭を選出した。
この三人もおにくさんの子飼いの者である。
便宜上彼らのことは、ガイア、オルテガ、マッシュと呼ぶことにしよう。
ここに余興実行委員会が結成された。
私にとって、結婚式での余興は初めての経験である。
社会人になってから何度か結婚式に出席し、余興を目にしてきたが「自分ならもっといいものが作れる。」という自信があった。
我が才能を見せつける千載一遇のチャンスが巡ってきたのだ。
私はひとり密かにやる気を漲らせていた。
何を隠そう私は、自分のことを『コント師』と自認していたのだ。
実行委員会での話し合いを重ねた結果、
コントで場を温めたあと、新婦が好きな嵐の楽曲を歌うという構成でまとまった。
そのコントは私が中心となって仕上げていった。
コント師の私と天性の愛されキャラ・おにくさんが組むのだから、大成功は約束されたようなものだった。
本番の1か月前から、我々実行委員会は夜な夜な我が家に集まって脚本を練り、コントや歌の練習に励んだ。
ちなみに披露する楽曲は「One Love」に決定した。
誰からともなく、「サビの部分だけでも良いから振りもつけよう」ということになり、誰かが嵐のライブのDVDを持ってきたこともある。
その日はみんなで酒を飲みながら、DVDを見て感動した。
誰もが真剣だった。
真剣だからこそ衝突も起こった。
脚本について私とおにくさんとの間で意見が割れたことがある。
黒い三連星はおにくさんの意見を推した。
私は、コント師の矜持を賭けてその変更を受け入れることはできなかった。
そんな俗な内容に変更するのであれば私は降りる、と息巻いた。
議論は平行線で、自分の意見が聞き入れられない苛立ちが募っていった結果、私は力一杯両手をテーブルに叩きつけた。
あまりの勢いにテーブルの上の缶ビールはことごとくひっくり返った。
あの時ほど空気が凍る瞬間を肌で感じたことはない。
「空気が凍る」の挿し絵に採用したいくらい、典型的な凍り方だった。
翌日、私の右手小指はパンパンに腫れ上がっていた。
そんな衝突を乗り越えて、私たちの余興は日々完成度を高めていった。
本番が近づくにつれて、「これは絶対にウケる。」という確信が生まれた。
みんなの表情にも自信が漲っていた。
思い返せばこの1か月間は本当に楽しかった。
みんなでひとつのものを作り上げているという連帯感。
それが形になっていく充実感。
まるで青春が帰ってきたような日々だった。
練習をサボってみんなで酒を飲んだだけの夜もある。
私たちは焦点の合わない目で、余興が大成功を収める未来を一緒に見ていた。
そして、運命の日がやって来る。
つづく
