UNISON SQUARE GARDENの活動休止を考える②
前回の記事で、私にとってUNISON SQUARE GARDENの活動休止は、単に「好きなバンドが休む」という出来事ではなかったと書いた。
今回は、活動休止をめぐって私がずっと考えていることを書きたい。
誰が悪かったのか、ではない。
正確に言えば、私の中にもそれぞれの言動に対する評価はある。納得していることも、今でも受け入れられないこともある。三人を同じように見ているわけではない。
それでも私は、この出来事を一人の悪者と二人の被害者という形だけでは理解したくない。
だからといって、「長年一緒にやってきた三人なのだから、最後まで仲良しだったはずだ」という話に収めたいわけでもない。
そのどちらも、22年間続いたスリーピースロックバンドという立場に対しては、あまりに簡単すぎる気がする。
最後に出た言葉だけで、22年間を説明できるのか
活動休止が発表されたあと、三人からそれぞれ言葉が出た。
その言葉には、同じ出来事について話しているとは思えないほどの温度差があった。
何を問題だと考えているのか。誰に向けて話しているのか。どこまで説明する責任を引き受けようとしているのか。三人がそれぞれ違う場所から言葉を発しているように、私には見えた。
一つひとつを単独で読めば、誰かに共感し、誰かに腹を立てることはできる。
けれど私は、鈴木貴雄のXでの発信、田淵智也のFCブログ、斎藤宏介の公式コメントを、別々の事件のようには読めなかった。
そこには、活動休止の瞬間に突然生まれた問題だけでなく、長いあいだ同じバンドを続ける中で、少しずつ広がっていっズレのようなものが表れていたのではないかと思う。
もちろん、本当の事情は三人にしか分からない。
私は関係者ではないし、文章に書かれなかった会話を知ることもできない。だから、内情を分かったように断定するつもりはない。
ただ、表に出た言葉と、それ以前から続いていた三人の行動を並べてみれば、少なくとも「ある日突然、誰か一人が変わって崩壊した」という話ではないように見える。
最後の数日だけを見るのではなく、長く続いてきた関係の延長として読む必要があると思った。
私は鈴木貴雄のすべてを否定しているわけではない
私は、鈴木貴雄の活動や発信に、以前から違和感を持っていた。
個人のYouTubeやゲーム配信、
ファンとの距離の取り方。そして
バンドの外側でYouTubeなどで扱われていく見え方。
それは、三人が長い時間をかけて守ってきたバンドとしての美学と客の距離感や、音楽の差し出し方とは、少しずつ違う方向へ進んでいるように見えた。
私はUNISON SQUARE GARDENに、親しみやすさや私生活の共有を求めてきたわけではない。
三人が互いの私生活を見せ合い、ファンとも近い距離で交流するから好きだったのではない。ステージに立った三人が、演奏と音楽で完結させる。その距離感を含めて、UNISON SQUARE GARDENだと思ってきた。
だから、その境界が変わっていくことに納得できなかった。
活動休止前後の振る舞いについても、今なお受け入れられない部分がある。
けれど、それは鈴木貴雄の音楽家としての能力やセンスを否定することとは違う。
むしろ、鈴木貴雄のドラムが代替できないものだったと知っているからこそ、違和感があるのだ。
三人でしか作れなかった音を知っている。
田淵のベースと鈴木のドラムがぶつかり、
斎藤のギターと声がその上を走る、
その形を何度もライブで見てきた。
音楽家として積み上げてきたもは尊敬の念でいっぱいだ。
どちらか一方を認めたら、もう一方まで許さなければならないわけでもない。
私は、鈴木の振る舞いに対する違和感と、鈴木の演奏に対する信頼を、無理に一つへまとめたくない。
矛盾して見えても、その両方が私の本音だ。
田淵智也も「壊れない思想」ではなく、一人の人間だった
活動休止が発表された直後、私が最も苦しかったのは、田淵智也という参照点が沈黙したことだった。
私は田淵の言葉から、自分で考えること、他人と自分を混ぜないこと、納得できるものを選ぶことを受け取ってきた。
その一貫性を、私は長く信頼していた。
今も、その信頼自体がなくなったわけではない。
あの3人も、
どれほど強い言葉を持ち、どれほど自分の美学を守ろうとしてきた人でも、一人でバンドを成立させることはできない。相手との関係があり、時間があり、自分の意志だけではどうにもならないことがある。
美学を持っていても、すべてを守り切れるわけではない。自分で選ぶことを大事にしていても、自分だけでは選べない局面に立つことがある。
当たり前のことなのに、私は活動休止によって初めて、その当たり前を突きつけられたのだと思う。
田淵を、自分の中で「決して壊れない思想」のように扱っていた部分が、私にはあった。
けれど実際には、田淵も一人の人間として22年間バンドを続け、その関係の限界に触れた。
それを見たからといって、過去の言葉が嘘になるわけではない。
むしろ、何も傷つかない場所から語られた言葉ではなかったのだと、今は思う。
斎藤宏介が最後まで引き受けたもの
斎藤宏介の公式コメントと、7月15日までの姿勢から私が受け取ったのは、最後のライブを最後までライブとして成立させる、という意志だった。
誰が正しいかを観客に判定させるのでもなく、三人の関係について綺麗な説明を与えるのでもない。
UNISON SQUARE GARDENとして、三人で最高のライブを届ける。
私はその姿勢を信じて、7月15日の会場へ行った。
そして実際に、三人の演奏を見た。
あの日が誰か一人のための脱退セレモニーにならなかったのは、三人が最後までUNISON SQUARE GARDENのライブをしたからだと思う。
関係が壊れていなかったからではない。
壊れた部分や、もう同じ方向には進めない現実を抱えたまま、それでもステージ上では三人で音楽を成立させた。
私はそこに、仲の良さとは別の種類の信頼を見た。
人間関係として同じ場所に居続けられなくても、演奏については最後まで相手へ預けられるものがある。
だから私も、鈴木の人としての振る舞いを受け入れられないまま、彼が最高のドラムを叩くことは信じていた。
終わり方は、過去を上書きしない
関係が終わると、それまでの出来事まで新しい物語に書き換えたくなる。
最後に傷つけられたら、「最初から全部嘘だった」と思いたくなる。反対に、過去が大切であればあるほど、「本当は最後まで仲が良かった」と信じたくなる。
けれど私は、そのどちらにもしたくない。
長い時間の中で価値観がずれ、もう同じ方向へ進めなくなったことと、三人で作ってきた音楽が本物だったことは、両立する。
最後に関係が壊れたからといって、22年間まで嘘にはならない。
同時に、22年間続いたからといって、最後に起きたことを美しい思い出で覆う必要もない。
能力と振る舞い。
信頼と拒否感。
本物だった過去と、続けられなくなった現在。
どちらか一方だけに整理しないことが、私にとって三人のUNISON SQUARE GARDENを最後まで見るということなのだと思う。
活動休止について、私はまだ考え終わっていない。
けれど、誰か一人を悪者にすれば理解できるとも、三人の絆を信じれば納得できるとも、もう思っていない。
三人でなければ作れなかったものがあった。
そして三人では、もう続けられなくなった。
私は彼らの復帰を待つのみである。
誇れる人間になりたいと切実に思うのだ。
