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「ありがとう」が重たすぎる件

「ありがとう」。——優しい二文字が見えない借用書に見える。
受け取った瞬間、どこからともなく追加タスクの亡霊が「もっと、もっと」と囁く。
感謝の言葉が責任の請求書に化ける社会、ちょっと疲れる。

「ありがとう」が重たすぎる件

ありがとう。
この言葉は、ほんとは軽い風船みたいに浮いててほしい。
でも私の耳に届くときには、鉄球になって落ちてくる。

「助かったよ!」って言われた瞬間、
次も同じクオリティでやることが当たり前になる。
称賛じゃなくて、次回予約の確認
ありがとうは、褒め言葉じゃなくて、
無料延長サービスの暗号みたいなものだ。

感謝されるたびに、首輪がひとつ増える気がする。
会社で「神!」と呼ばれたら、
その称号の裏には無限残業モードが隠れている。
家で「洗い物ありがとう」と言われれば、
その一言には明日からの日課保証がセットになっている。
LINEで🙏✨👏が飛んでくれば、
実務は全部こっちで、
相手は感謝のスタンプで支払い完了。
誰が得してんの、この通貨?

日本人は感謝を素直に受け取らないって言う。
「いえいえ、まだまだです」ってすぐに返す。
それが奥ゆかしさ?
美徳?
でも本音を言えば、ただの不自由
感謝を受け取れば「調子乗ってる」と思われ、
感謝を返せば「次もやれ」と背中を押される。
結局、“ありがとう”は誰も救わない便利ツールになっている。

人間関係は「すごいね!」と「ありがとう」でだいたい回る。
でもそれは、会話の潤滑油というより、
お互いに首を締め合うロープみたいだ。
言わないと「感じ悪い」。
言ったら「頼りすぎ」。
この袋小路を「美徳」と呼んで笑うのが、
日本人らしさなんだろう。

本当は、感謝に意味なんてないのかもしれない。
言葉を口から出すことで、
その場を丸く収めるためだけのシール。
「ありがとう」は、心の重さより、
場の空気を守るためのガムテープ。
それを毎日毎日貼り続けるうちに、
自分の口も塞がれていく。

私は「ありがとう」が怖い。
言われると、次に押し付けられる気がする。
言うと、相手から冷たい目で見られる気がする。
でも、それでも。
今日もありがとうを使ってしまう。
生き延びるための道具だから。
綺麗ごとじゃなく、処世術だから。

大丈夫。

勝手に名言:ありがとうは美徳じゃない、ただの生存ゲーム。

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シンプルフレーズ アメブロ・you tubeでも活動しています。 なかなか沢山の記事を書くことが出来ませんが、いつも素敵を求めて活動しています😌よろしくお願いします🌈