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【映画から学ぶ】『ナウシカ』と『君の名は。』に隠された「運命」の違い

『君の名は。』を観て、
糸守町に残る伝統や言い伝えが、
ラストの彗星災害とつながっていく展開に、
鳥肌が立った人は多いと思います。

「まさか、あの昔からの習慣が、こんな意味を持っていたなんて」

実は、こうした「昔から伝わってきたものが、物語の終盤で現実と重なる」という仕掛けは、1984年の『風の谷のナウシカ』にも登場します。

風の谷には、
青い衣をまとった人物が金色の野に降り立ち、
人々を清浄な地へ導くという古い伝承があります。

そして映画のラスト。

王蟲の大群を止めようとしたナウシカは、
王蟲に跳ね飛ばされ、
一度は死んだように見えます。

ところが王蟲たちの触手が彼女を包み、
ナウシカは再び目を覚ます。

青く染まった服。

金色に輝く王蟲の触手。

伝承に描かれた光景と、目の前の現実が重なります。

大ババは、その姿を見て、
古い言い伝えが現実になったことを悟ります。

伝承が、現実になった。

ここまでは、『君の名は。』とよく似ています。

でも、面白いのはここからです。


🔴「伝承が現実になった」のではなく、「行動が伝承と重なった」

『君の名は。』では、
宮水家に伝わる神事や組紐、
口噛み酒、「ムスビ」という考え方など、
過去から受け継がれてきたものが、
瀧と三葉の物語とつながっていきます。

特に「ムスビ」は、
人と人、時間と時間をつなぐものとして描かれています。

つまり、『君の名は。』では、
過去から続いてきたものが、
現在の出来事をつなぐ重要な役割を果たしています。

一方、『ナウシカ』では少し違います。

ナウシカは、伝承が本当だと確信して
王蟲の前に立ったわけではありません。

王蟲が止まってくれる保証もありません。

それでも彼女は、
傷ついた王蟲の幼生を助け、
自分の身を危険にさらして王蟲の大群の前に立ちます。

結果として、その姿が伝承と重なった。

ここが重要です。

ナウシカは、伝承を実現しようとして行動したというより、目の前の命を救おうとして行動した。

そして、その行動が後から見ると、
伝承の姿そのものになっていたのです。


🔴ナウシカだけが「別の選択」をした

王蟲の大群が風の谷へ向かっている。

人々は、それを止めようとします。

クシャナは巨神兵を使います。

ペジテの生き残りは、王蟲の幼生を利用して王蟲の群れを暴走させ、トルメキア軍を壊滅させようとします。

どちらも、「大きな力を使って状況を変える」という発想です。

でも、ナウシカは違いました。

王蟲の幼生を救い、自分の身を差し出す。

武器でもない。

兵器でもない。

相手を倒すことでもない。

自分が先に傷つくことを選んだ。

もちろん、ナウシカにも王蟲と接してきた経験があります。

だから「何の根拠もなく飛び出した」と言うのは正確ではありません。

それでも、王蟲が本当に止まってくれる保証などありませんでした。

それは、ひとつの賭けだったと思います。

そして、その賭けの結果として、伝承と現実が重なったのです。


🔴描かれなかった「腐海の謎」

もう一つ、この映画で興味深いことがあります。

ナウシカは物語の途中で、腐海の植物を地下室で育てています。

地下からくみ上げた水と砂で育てた植物は、瘴気を出さない。

そこから彼女は、
腐海の植物そのものが毒なのではなく、
汚染された土壌に原因があることを知っていきます。

さらに腐海の底に落ちたナウシカは、
腐海が汚染された大地を浄化していることを知ります。

ただし、映画版では、

「腐海は誰が、何のために作ったのか」

という起源までは、詳しく説明されません。

これは少し不思議です。

物語の世界そのものを支えている重要な存在なのに、すべてを説明しない。

もちろん、上映時間が約116分という事情もあります。

だから、宮崎駿監督が意図的に謎を残した、
と断定することはできません。

ただ、観客として見るなら、
そこには面白い効果があります。

「腐海の正体は何なのか」よりも、

「この世界と、どう付き合っていくのか」

という問いが残るからです。


🔴1984年に登場した「力で解決しない主人公」

『風の谷のナウシカ』が公開された1984年、
日本では1970年代から続くロボットアニメが人気を集め、
1980年代には『機動戦士ガンダム』以降の
「リアルロボットアニメ」も大きな潮流になっていました。

一方で、環境問題への関心も高まっていました。

日本では1982年に環境庁が酸性雨対策検討会を設置し、
1985年にはオゾン層保護のための
ウィーン条約が採択されています。

もちろん、当時のアニメや社会を
「力で解決する物語」と一括りにはできません。

それでも、そんな時代に、

「強い兵器で敵を倒す」

のではなく、

「相手を理解し、自分の身を差し出す」

ことで危機を止める主人公が描かれたことには、
大きな意味があったのではないでしょうか。


🔴伝承は、未来を決めるものなのか

ここまで考えると、
『君の名は。』と『ナウシカ』の違いが、
少し見えてきます。

『君の名は。』では、
過去から受け継がれてきたものが、
時を超えて現在の二人を結びつけます。

そして、瀧と三葉は、
そのつながりを手がかりにして未来を変えようとします。

一方、『ナウシカ』では、
ナウシカ自身が伝承の意味を理解して、
それを実現しようとしたわけではありません。

ただ、目の前にいる王蟲の幼生を助けた。

その結果として、彼女の姿が伝承と重なった。

つまり、

伝承が先にあったのか。

それとも、

人の行動が、後から伝承になったのか。

この違いが面白い。


🔴だから『ナウシカ』は、今も刺さる

『風の谷のナウシカ』は、

「運命を信じた人」の物語として見ることもできます。

でも、私はもう一つの見方ができると思っています。

運命かどうか分からないまま、それでも先に動いた人の物語。

🔶相手が変わるのを待つ。

🔶誰かが保証してくれるのを待つ。

🔶正しい答えが見つかるまで動かない。

そうしているうちに、何も変わらないことがあります。

ナウシカは、そうしなかった。

王蟲が止まる保証もない。

自分が助かる保証もない。

それでも、目の前の命を助けるために動いた。

そして、その行動が、後から「伝説」と呼ばれる姿になった。

そう考えると、
あのラストは単なる「予言が当たった瞬間」ではありません。

一人の人間の行動が、後から運命のように見える瞬間なのです。

『君の名は。』と『ナウシカ』

どちらも、過去から受け継がれたものが、
物語の終盤で現実と重なります。

でも、その意味は同じではありません。

だからこそ、二つの作品を並べてみると面白い。

40年以上前の『ナウシカ』が、今も色褪せずに残っている理由の一つは、

「正解が分からなくても、先に動くことには意味がある」

という問いを、私たちに投げかけているからなのかもしれません。

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