掌編小説「焼きそばミュージック」※シロクマ文芸部7/9お題「夜店から」より
夜店から聞こえる鼻唄は、祭囃子に合わせて独特な、けれど決して不快ではないリズムを刻んでいた。
それは焼きそばの匂いにつられて鼻をひくつかせるように、愉しげな輪郭をかたどる。
などと、それっぽい詩のように表現したけれど、とどのつまりは焼きそばを買いに来ただけの僕と、そんな僕を半眼で見ている幼馴染の女の子だった。
「焼きそば一つ」
「三百万円」
「出世払いで」
「出世できないに百万円」
軽妙に、ありきたりな挨拶を交わす。
百万の思いを込めた百円玉を三枚渡し、手際よく盛られた焼きそばを受け取る。
「何でお祭りにスーツなの?」
「仕事帰りなんだ」
おろしたてのスーツは、既に夜店の香りを吸収して、汗と混じって何とも言えない匂いを醸し出している。
「さっきの」
「うん?」
僕は少し離れたお祭りステージの方を見やりながら、彼女に聞いた。
「続き聞かせろよ」
「……曲じゃないよ。単に太鼓のリズムに乗ってただけ」
彼女も、僕と同じように遠くを見つめる。
でも、それはきっとお祭りステージではなくて、もっと遠いところに意識があるのだと、僕は知っている。
「てかさ。さりげなく話しかけてきたけど、10年ぶりだよね」
そう非難する彼女も、時の隔たりを感じさせないような口調だった。
「何だか君とは久しぶりの気はしない」
「はは。流石、幼馴染くん」
彼女が笑いながら夜店から出てきて、煙草を取り出して火をつける。
吐き出した白い煙は、夜店から立ちのぼる湯気に混じって、霧散していく。
「知ってるでしょ?もう、曲は作ってない」
ほんの少しの諦念と苛立ちが感じられた。
これ以上は藪蛇だろう。
彼女には彼女の苦悩と葛藤があって、その結果がこの焼きそば屋台なのだ。
だけど、僕は余計なことを言う。
「君はまだ歌ってるよ」
「……は?」
「君の目が、君の指が、まだ歌っている」
「………ち」
彼女は舌打ちして、煙草を灰皿に押しつけて消し、そして背を向ける。
「会えて嬉しかったよ。商売の邪魔だから、帰って」
そう突き放す彼女の後頭部に、僕は名刺を指で弾き飛ばす。
彼女の、お祭り用に焼きそばのごとく盛られた髪の毛に刺さった。
「ちょっと………!?」
僕の名刺を迷惑そうに髪から取って、しげしげと見つめる。
その深緑の双眸が、丸く見開かれていく。
「秋にステージがある。僕の方は、約束を果たしたよ」
「どうして……」
彼女は、ゆるゆると首を振っている。
そんな彼女に、僕は。
「厄介な最古参のファンだからね」
僕はそれだけ告げて、焼きそばの袋をさげて歩き出す。
彼女は何も言わない。
だけど、鉄板で焼きそばを踊らせるコテは、タップダンスのように美しい音楽を奏でていた。
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