精神障がい者に働けという言葉はどうなのか
働けと言ってよい人
とても恵まれた環境の中で仕事を続けていて思うことがある。働いてない人に対して『働け』と言える人は雇用をするだけの権限がある人物に限るということを痛感することが増えた。
働くことは勝ち負けじゃない
一般雇用で社会の中で働いていて思うことは『パーソナリティの尊重に繋がる』ということだった。働くことというのは誰のためでもなく自分自身のためにすることなので勝ち負けのような幼稚な考え方になるのは自分のことを尊重できてないからではないだろうか。
働かざるもの食うべからず
この言葉は大昔のインフラが整ってない時代に生まれた言葉なので未だに使われる理由が理解できない。この国では働かなくても食事はできるので食うべからずではない。
人間の一番最初に出てくる欲求を揚げ足をとるみたいに働くことと同義にすることは馬鹿げている。問題は『食事をする』ことが楽しくできるのかどうかなのではないだろうか。食事をしましたので◯◯が楽しかった。食事をしたから何を楽しく出来たかが重要なことだろう。
働かざるもの食うべからずは根暗で陰湿な人間の発想だとしか私は思いません。
精神障がい者でも働ける環境
一言でいうなら理解ある上司や同僚。細かいディテールが会社の指標だと思うけれど、身近な人が理解者でないと意味がありません。
精神障がい者を馬鹿にしてる人
権利意識が低いということなので学歴がないか地方でずっとうずくまって生きてきたのかとても厳しい環境下を強いられて育ったのかだと思って接すれば大丈夫だと思います。
どう対応すればいいのか
同じ土俵に上がらないことです。
視野が狭い人間はボーダーと同じで束になってくるので火の粉は払いのけても降ってきます。
