【日常雑記】ーnote開始1ヶ月ー
noteに初投稿してから、ちょうど1ヶ月
経ったみたいだ。
私はいつも、noteの「下書き」に、
直接、頭の中にあるものを、いったんダーッ
と打ち込んで、あとで「プレビュー」で
確認しながら、微調整をかけていくという、
まるで「駆けつけ一杯」のような書き方を
しているのだが、
今日、「下書き」を開いたら、
「北窓、note始めて、一ヶ月だってよ」的な
メッセージが書かれてあった。
そうか、一ヶ月かー。
幼い頃から、「書くこと」がとても大切だった。
だけど気がつけば、なぜかずっと自分の中の
「書くための源泉」(のようなもの)に、
大きくて重い「マンホールの蓋」のような
ものが被さっている、という感覚があった。
しかも、その重い蓋の上に、さらに漬物石
まで載っているという、念の入りよう。
それをなんとかしたい、
ひとまず少しずつでも書き続けていれば、
やがて蓋が開いてくるかもしれないと、
ブログを書くことにした。
さて、何を書こう。
元々、蓋が閉まっているのを開けようとして
いる最中だ。
そんなに書くこと思いつくかな、と考えた。
そうだ、ずいぶん前、趣味でやっていた
「カードリーディング(占いの1種)」を
友人や知り合いに依頼されて、短期間、
提供していたことがあるじゃないか。
それをアレンジして、なんか、
「ビブリオマンシー」的にできないか?
※「biblion(本)」+「manteia(占い)」。
(本を直感で開き、そこに記された言葉から
今の自分に必要なメッセージを受け取る占い)
カード、いっぱい持ってるし。
と、ここまで場当たり的に考えて、
ふと、気づいた。
誰にも認知されていない、始めた直後の
「note」という広大な宇宙のすみっこで、
しかも当の本人は、50代にして
人生の踊り場で足をふみふみしながら、
絶賛立ち止まり中だ。
これで一体、どの立ち位置から、
なんのビブリオをマンシーするつもり
なのか、と。
速やかに、自分に裏手を入れて、却下した。
皆さん、どんな風なnoteを
書いていらっしゃるんだろう。
そうやって、
そろっと覗いてみたnoteの世界の中は。
生きていくなかで、
さまざまな、言うに言えない想いを抱えて、
それゆえに、
自らの言葉を静かに深くしていった人たちが
集っている場所があって。
そして、だからこそ、記事を手放す前に、
その記事の向こうにいる誰か、
ひょっとしたら、
何かを抱えているかもしれない誰かの姿を、
心の何処かに置いて。
自らが選ぶ言葉、語る言葉、語る写真。
それらの
温度が、湿度が、色彩が、感触が。
どんな風に、
誰かの元へと、届くだろうか、と
その入射角度まで配慮されたような
そんな記事と、
そんな記事を書く方々が
そこにいらっしゃった。
もう、あれこれ考えるのは
やめよう。
とりあえず、
風の吹くまま、気の向くまま。
その時、書きたいと思ったことを
私なりに丁寧に、そしてシンプルに書こう。
思いつかない日は、そのままに。
そう思い、のんびり書き始めて、
気がついたら、一ヶ月連続投稿に
なっていたらしい。
引き続き、その時々の
心のペースで書いていく所存だ。
いつも、読んでくださってる皆様、
スキをしてくださってる皆様、
フォローまでしてくださった皆様。
ほぼ長文になりがちな記事を
根気よく、最後まで読んでくださって
いつも、本当にありがとうございます。
ちなみに、マンホールの蓋は、
漬物石を載せたまま、
ただいま2〜3割、開いてきました。
なぜか、ふと、
子どもの頃に観たアメリカの子供番組、
『セサミストリート』の、
オスカーというマペットを思い出した。
あの子はいつも、トラッシュ缶から
顔を覗かしている子だったっけ。
