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第23節 聞いても聞こえない言葉を受け取る

今回の内容は、前回のこちら、の続きになります。


旅に出ることにした僕は、11時発の船に乗った。これから24時間の船旅がは始まる。

船室はカーペット敷きの広間に雑魚寝する一番安い2等船室だから、寝るとき以外は船のどこかで過ごすことになる。

出航まであと15分ある。

指定された寝床にリュックを置いて、小さな肩掛けカバンだけを持って屋上デッキに出て船が出航するのを眺めることにした。

11時、汽笛が鳴って船が静かに動き出す。全長150メートルの大型船がゆっくりと埠頭から離れていく。

竹芝の埠頭から一定の距離を離れると、船は次第にスピードを上げながら太平洋に向かって走り出した。

2月とはいえ、天気もよく風もないからデッキにいるだけでも心地いい。

これから丸一日、特にすることもないのでデッキに備え付けの横になれる長椅子に座ってしばらく景色を見ることにした。

船での旅は、今回が初めてだからワクワクする。

目の前に見える無機質で威圧感たっぷりのビルたちも、船の上からだとどことなく可愛らしく見える。

そんなビルたちが船の航行に合わせて小さくなっていく。

これからおよそ3時間、14時頃に東京湾を出て太平洋へと出る。それからさらに21時間ずっと船で過ごすことになる。まだまだ時間はある。

僕は鞄から本を取り出し、老子道徳経を読むことにした。

僕は、この旅でどんな言葉を受け取ることになるのだろうか、そんなことを考えて目を閉じた。

陽射しの暖かさと、船の推進で生まれる風と海からの風が一つになって僕の体を包む。船のエンジン音が振動となって体に響く。

一人でいることの解放感が心地よい。このまま眠って夢でも見よう。


熟れた桃の匂いがした。
若い女が二人、滝壺で水浴びをしていた。
水を掛け合ったり、滝壺にもぐったりしながら、
僕には理解できない言葉で大声ではしゃいでいる。
二人は細長い流体の雲のような衣をまとっている。
羽衣だろうか?
僕は目を凝らす。
その羽衣らしきものは、時折、虹色に輝く。
あ、あれは羽衣ではない。龍だ。
二人の女と二体の龍が滝壺で遊んでいる。
一人の女がこちらを見て手招きする。
どうやら、僕がいることに気づいたようだ。
僕は起きあがって、滝壺の中に飛び込んだ。
滝壺は思ったよりも深く暗く、温かかった。


蝉が鳴いている。
汗が頬を伝う。
僕はノミを手にして、仏像を彫っている。
手に握れるくらいの小さな仏像だ。
仏の顔の頬の丸味を薄皮を削ぐようにノミを這わす。
丁寧に丁寧に、ゆっくりゆっくりノミを這わしていく。
もう少しで完成だ、そんな思いがよぎる。
ゆっくりゆっくり、丁寧に丁寧に。
そんな言葉が木霊する。
仏は笑っているのか、怒っているのか、それとも泣いているのか。
自分で創った仏なのに、その気持ちを読み取ることができない。
一旦ノミを置き、僕は手の中にある仏像と気持ちを重ね合わせることにした。
彼は泣いてもいないし、怒ってもいなかった。
笑ってもいないし、ただ、そこに存在しているだけだった。


小川の水を田へと引き終えると、陽は頭上で輝いていた。
二人の幼い息子が田の中で水遊びをしている。
私は畔に腰を下ろして、追いかけ合う息子達の姿を眺めていた。
田植えをするこの頃の季節が一番いい。
毎年そんなことを考える。
風が薫る。
田に張った水が陽の光を浴びて輝いている。
田植えが終わるとすぐに梅雨が来る、
夏が来て秋が訪れ稲を刈る、そして今年も終わる。
そんなことを幼い頃から繰り返してきた。
きっと、これからも、
あの子らが大きくなって、
この田をまかせられるようになっても、
毎年、この季節が一番いい、と思うのだろう。
それから、あの子らに子ができて、
その子らがはしゃぎまわっている姿をみながら、
やはり、この季節が一番いいと思うのだろう。
そうやって人生を終えていくことだろう。


汽笛の音で目が覚めた。
夢を見ていたようだ。気が付くと船は太平洋に出ていた。
陸地が見当たらない。
遠くを見ると水平線がかすかに弧を描いているように見える。

時計を見ると15時を過ぎていた。だいぶ寝てしまったようだ。
この時間では、もうレストランは終わっている。
とりあえず、売店に行って何か買って食べよう。
そう思って立ち上がった。

一体、世界は僕に何を語りかけているのだろうか。

つづく。


*文中の行書体で書かれている文章は老子さんの超訳本である「老子 あるがままに生きる」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から引用させて貰っています。


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