いつか生まれる君に|音楽のちから
「妹が救急搬送された」
と連絡を受けたのは、13年前の7月の火曜日でした。
仕事で電話に出られなかった2時間の間に、
母から10数件の着信が入っていました。
職場のカフェスペースで飲みかけのコーヒーを手に折り返しの電話をかけた自分は、耳を疑いました。
妹が事故に遭った。
こちらに過失はない。0歳児の妹の娘、妹の2名が救急搬送され、命の瀬戸際。緊急オペ。
搬送先の病院名を再確認して電話を切ったあと、
即早退、上司への報告、仕掛り業務の引継ぎなどが一気に頭をかけめぐり、
(とりあえず落ち着こう)
と深呼吸をした時、
いつも有線の音楽がかかっているカフェスペースにサラ・ブライトマンの『Time To Say Goodbye』が流れ始めました。
震える手を握りしめ、大きく息を吸いながら、
自分は顔を上げました。
何らかの覚悟が必要かもしれない。
一面ガラス張りの大きな窓から、カッと灼熱の陽射しを浴びたスカイツリーが遠くに見えたことを覚えています。
東部方面音楽隊 定期演奏会
あれから13年後。
「9月に演奏会がありますが、行かれますか?」
第1空挺団の広報さんからご連絡があり、
チケットを送っていただきました。
陸上自衛隊の定期演奏会。
場所は池袋の東京芸術劇場です。




国歌斉唱ではじまる演奏会は、新鮮でした。
金管楽器がメインの吹奏楽演奏会は初めてですが、聴き応えのあるラインナップで、会場満席の理由に納得です。
大拍手の中、ふたたび指揮台に戻った音楽隊隊長からアンコール曲の解説がありました。
東日本大震災の復興のために創られた曲。
震災後現地に赴き、大切に演奏した曲。
そして自分は、あの時のことがよみがえりました。
あの時のこと
13年前の7月、
救急隊員の適切な処置のおかげで、妹はからくも命をつなぎましたが、姪は数日後に旅立ちました。
「助けることができませんでした」
ICUの若い男性担当医が、姪が横たわる小さなベッドの脇でうつむいて、男泣きに泣いていました。
最後の三日三晩、不眠不休で全力を尽くしてくれた担当医の顔面は、どす黒くなっていました。
「先生、本当にありがとうございました」
と家族並んで感謝を伝え、先生はますます号泣しながら病棟へ戻ってゆきました。
たった数日前まで、舞踊家の妹は、夢だった大きな舞台公演が決まり、初めての子どもを授かって順風満帆そのものでした。
妹夫婦の両家にとって待望の、初孫の女の子。
葬送から1ヶ月半後、術後でボロボロの身体をおして、妹は舞台に立ちました。
周りは口々に止めましたが、妹の決意は固く、
失った我が子への誓いのように見えて、自分はいつでも救急外来に連絡できる体制で祈るのみでした。
やがて舞台は大成功のうちに終わり、
スポットライトを浴びた妹は、全身傷だらけながらも、舞踊家として新たなステージの第一歩を踏み出したのです。
一方、自分はどこかぼんやりしたまま、朝晩仕事に没頭する日々を送っていました。
気を張っていたのか、感情の針が振り切れたのか、姪を亡くしてから一度も泣いていませんでした。
なぜか涙がでなかったのです。
昼下がりの吹奏楽部
そんな土曜の昼下がり、
深夜残業の寝不足にふらつきながら、近所のイオンへ買い物に行った時のことです。
イオン2階の広場で近隣中学の吹奏楽部がミニ演奏会を開催しており、あたりは演奏を聴きに集まった大勢の買い物客でにぎわっていました。
両手に買い物袋を下げて広場を通りすぎたとき、聴こえてきた吹奏楽部の歌がふと耳にとまりました。
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
その曲は、岩井俊二作詞、菅野よう子作曲の
『花は咲く』でした。
何気なく耳にした歌で突然、
感情とは関係なくどっと涙が溢れてきました。
あるいは疲労のせいで感傷的になっていたのかもしれません。
花は 花は 花は咲く
いつか恋する君のために
生後わずかな期間で旅立った姪っ子が、いつかまたどこかに生まれて恋をするかもしれない。
そんな架空の想像でも、歌は破れた心を救ってくれました。
泣くだけ泣いて、自分はゆっくりと自分自身を取り戻してゆきました。
なんであれ、土曜の昼下がりのあの曲が復活のターニングポイントになったのです。
アンコールにて
演奏会のアンコールで『花は咲く』が流れると、あれから13年たった今でも、目からお湯が湧いたのかしらんと思うほど涙がでました。
音楽のちから。
犬猿の仲をやわらげ、希望を灯す。
生まれてきた子どもたちが、恋をして、時には失恋もして、力強く花ひらく世界であってほしい。
そんな希望のちから。
妹はその後、一男一女を授かり、舞踊家として世界中を飛び回っています。
おまけ🎺
トランペットに装着して音色を変化させる器具、
ハーマンミュート、別名ワウワウミュート。
これを取り付けると、誇り高き金色のラッパが
「ホンワカパッパ」の音に変換され、
音の条件反射で吉本新喜劇のズッコケが脳裏に再生されてしまいます。
それがたとえJ.ゴーランド作曲のイギリスの協奏曲中であろうと…
J.ゴーランド、なぜだ…
なぜ優美な協奏曲にホンワカパッパをぶっこむんだ…
座席で深くこうべを垂れ、必死で無になろうと悶絶するあまり、肩が震えて別の涙がにじんでしまった自分は、イギリスの曲の奥深さに「一本取られた」と感じています。
表題の写真∶東部方面音楽隊公式アルバムより
