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「建築の呪文」を日本語に翻訳する──文章を書き始めた理由

建築士は、呪文を唱えている

一級建築士の勉強をしているとき、私はある種の「言語」を手に入れたと思いました。

ラーメン構造。プロスペクト・レフュージ理論。D/H比。熱貫流率。有効採光面積。容積率の特例措置。

建築の世界には、専門用語が無数にあります。それらを使えば、建物の良し悪しを正確に語ることができる。なぜあのカフェが居心地いいのか、なぜあのマンションが住みにくいのか、なぜあの街を歩くと気持ちがいいのか。建築の言葉を使えば、すべて説明できる。

でも、ある日気づいたんです。

この言語、誰にも通じていない。

友人とカフェに行ったとき、「この店の天井高がカテドラル効果を生んでいて、さらに光のグラデーションが……」と話し始めたら、全員の目が死んでいました。建築の話をしたかったんじゃない、居心地の良さを共有したかっただけなのに。

専門用語は正確です。でも正確さは、伝わることとイコールではない。建築士が専門用語で語る建築は、一般の人にとっては呪文のようなものだったんです。

呪文を唱えても、建物は良くならない

建築士として働く中で、もう一つ気づいたことがあります。

素晴らしい建築は、世の中にたくさんある。でもその素晴らしさに気づいている人は、驚くほど少ない。

毎日通っているコンビニが、たった30平米の中に建築のあらゆる知恵を詰め込んだ傑作であること。いつも行くカフェの居心地のよさが、天井の高さと照明のグラデーションと椅子の素材によって精密に設計されていること。自分の実家が「なぜか落ち着く」のが、体が覚えている寸法と光の時間割のおかげであること。

こうしたことを知っている人は、建築業界の中にしかいません。

それは建築業界の怠慢だと思いました。

私たちは建物を設計する技術は磨いてきた。でも「建物の素晴らしさを伝える技術」は、ほとんど磨いてこなかった。専門家同士で専門用語を使って語り合い、一般の人には「わからなくても大丈夫ですよ」と済ませてきた。

でも建物は、一般の人のためにあるものです。建築の恩恵を毎日受けているのは、建築士ではなく、そこで暮らし、働き、過ごしている普通の人たちです。その人たちに、自分が過ごしている空間の素晴らしさを伝えられないのなら、建築士として何か大切なことをサボっているんじゃないか。

呪文を唱えるだけでは、建物は良くならない。建物の良さが「伝わる」ことで、初めて建築の価値が社会に根づくはずだ。

そう思って、文章を書き始めました。

「翻訳」という挑戦

私がnoteで始めたのは、建築の「翻訳」です。

建築の専門用語を、日常の言葉に翻訳する。カテドラル効果は「天井が高いと心も広くなる」に。プロスペクト・レフュージ理論は「背中が守られていて前が見える場所が落ち着く」に。D/H比は「通りの幅と建物の高さのバランスが気持ちよさを決める」に。

言い換えれば簡単に見えるかもしれません。でもやってみると、これが想像以上に難しい。

専門用語は、一つの言葉に膨大な意味が圧縮されています。それを日常の言葉に展開すると、正確さが犠牲になる。「厳密に言えば違うんだけど」と思いながら、でも「伝わること」を優先して言葉を選ぶ。この葛藤が、毎回あります。

建築の同業者から「それは正確じゃない」と言われることもあるかもしれません。でも、正確だけど伝わらない言葉と、少し不正確だけど伝わる言葉があるなら、私は後者を選びたい。伝わらなければ、存在しないのと同じだから。

翻訳とは、二つの世界をつなぐ仕事です。建築の世界と、日常の世界。専門家の言葉と、普通の人の感覚。その間に橋を架けること。それが、私が「未来に向けた挑戦」として選んだことです。

「日常の景色が変わる」瞬間を届けたい

シリーズ「建築士の目で日常を見る」を書き始めて、いくつかの記事を公開しました。

カフェの居心地の秘密。コンビニの30平米に詰め込まれた設計思想。図書館の静寂をつくる技術。美術館が絵の前で足を止めさせる仕掛け。ホテルの非日常感を演出する建築。駅で「好き」と感じる理由。映画館で泣ける理由。そして実家がなぜか落ち着く建築的な理由。

すべての記事で目指しているのは、一つの体験です。

「読んだ後に、いつもの景色がちょっとだけ変わること」

明日コンビニに寄ったとき、棚の高さに目が行く。カフェに入ったとき、天井を見上げる。駅のホームに立ったとき、柱の太さに気づく。映画館で照明が落ちるとき、暗闇の意味を考える。

それだけで十分です。日常の景色が変わる瞬間は、小さな発見の積み重ねの中にある。その発見を、建築の言葉を翻訳することで届けたい。

建築士が「書く」ことの意味

建築士の仕事は、建物を設計することです。図面を描き、構造を計算し、法規を確認し、現場を監理する。その仕事に、「書く」は含まれていません。

でも私は、「書く」ことも建築士の仕事になり得ると信じています。

建築の価値を社会に伝える人が増えれば、建築に対する理解が深まる。理解が深まれば、良い建築に対する需要が生まれる。需要が生まれれば、良い建築がもっとつくられる。

これは遠回りに見えるかもしれません。図面を一枚描くほうが、記事を一本書くよりも直接的に建物を良くできる。でも、一枚の図面が良くできるのは一つの建物だけです。一本の記事が届く人の数は、一つの建物を使う人の数をはるかに超えることがある。

一人でも多くの人が「建物って面白いな」と思ってくれたら、その人は次に家を借りるとき、少しだけ窓の外の光を意識するかもしれない。旅先でホテルに泊まるとき、廊下の照明に目をやるかもしれない。街を歩くとき、歩道の幅と建物の高さのバランスを感じるかもしれない。

その小さな意識の変化の積み重ねが、社会全体の建築リテラシーを少しずつ上げていく。建築リテラシーが上がれば、「安ければいい」「効率がよければいい」だけではない、空間の質を大切にする文化が育っていく。

これが、私の未来に向けた挑戦です。

挑戦は始まったばかり

正直に言います。まだ全然できていません。

記事を書くたびに、「もっとうまく翻訳できたはず」と思います。専門的すぎる表現が残っている。逆にわかりやすくしすぎて本質が抜け落ちている。読者の顔が見えないまま書いている不安。同業者にどう見られるかという恐れ。

でも、書き続けることに決めました。

建築士として建物を設計する仕事は、これからも続けます。その一方で、建築の言葉を日常の言葉に翻訳する仕事も続ける。設計と翻訳。この二つを両輪にして、建築の価値を社会に届けていく。

世の中には、気づかれていない素晴らしい空間が無数にあります。毎朝通る駅、毎日寄るコンビニ、週末に行くカフェ。そのどれもが、誰かが知恵を絞って設計した空間です。その知恵に気づく人が一人でも増えれば、日常はもっと豊かになる。

私はそう信じています。

建築の呪文を、日本語に翻訳する。

この挑戦は、まだ始まったばかりです。


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