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スターバックス リザーブ ロースタリー東京は「コーヒーのための神殿」だった──建築士が本気で感動した空間の話

はじめに──これはカフェではない

中目黒の目黒川沿いに建つ、スターバックス リザーブ ロースタリー東京。

ここを「大きなスタバ」だと思って行くと、入った瞬間に打ちのめされます。これはカフェではない。コーヒーのための神殿です。

建築士として数えきれない空間を見てきましたが、ここほど「一杯のコーヒーを飲む」という行為のために、建築の力が惜しみなく注ぎ込まれた場所を私は知りません。

4階建て、各フロアで異なるコンセプト。巨大な銅のキャスク(焙煎貯蔵塔)が建物の中心を貫き、折り紙のように折りたたまれた木の天井が空間を覆い、目黒川の桜がガラス越しに内部へ招き入れられている。

今日は、この建物で私が震えたポイントを、建築士の目で一つずつお話しします。

銅のキャスクは「この建物の心臓」である


高さ約17メートルの銅のキャスク。槌目の表面に桜の花びらが舞う

ロースタリーに足を踏み入れて、まず目を奪われるのが中央にそびえる巨大な銅のキャスクです。

高さ約17メートル。1階から最上階まで建物を貫くこの銅の塔は、焙煎されたコーヒー豆を貯蔵するための設備です。表面には槌目(つちめ)と呼ばれる手打ちの凹凸加工が施され、その上を無数の銅の桜の花びらが舞っている。

建築的に見て、このキャスクがすごいのは「設備であり、構造体であり、アートでもある」という三重の役割を一つの要素が担っていることです。

普通の建物では、設備は隠すものです。配管はパイプスペースの中に、機械は機械室の中に。でもここでは焙煎設備をど真ん中に、しかも最も美しい姿で露出させている。コーヒー豆がキャスクから銅のパイプを通じて各フロアのバーに運ばれていく過程が、すべて目に見える。

美術館の記事で「優れた空間ほど設計意図に気づかれない」と書きましたが、ロースタリーは真逆のアプローチです。設計意図を隠すのではなく、むしろコーヒーが生まれるプロセスそのものを空間の主役に据えている。「見せる」ことで、一杯のコーヒーの背景にある物語を体験させる。

あの槌目の銅の表面は、光の当たり方で表情が刻一刻と変わります。朝の自然光では落ち着いた赤銅色に。午後は反射した光で金色がかった温かみを帯びる。照明が灯る夕方以降は、より深みのある琥珀色に沈む。一つの素材が、時間とともに何通りもの表情を見せる。これは住まいの記事で書いた「コンクリートの壁が時間を映す」話と同じ原理です。

天井の「折り紙」が日本を語っている


幾何学的に折りたたまれた木の天井。窓の向こうには目黒川沿いの緑が広がる

上を見上げて息を呑みました。

天井は、木のパネルが折り紙のように幾何学的に折りたたまれたデザインになっています。フロアごとに折り方のパターンが異なり、1階は大きく力強い折り目、上階に行くほど繊細で複雑な折り目に変わっていく。

このデザインは隈研吾建築都市設計事務所によるものですが、建築士として注目したいのは、この天井が「装飾」ではなく「機能」を兼ねていることです。

折り紙状の凹凸は、音の反射パターンを複雑にします。平らな天井だと音がまっすぐ反射して反響が強くなりますが、折りたたまれた面は音をさまざまな方向に散乱させる。図書館の記事で「天井の吸音材が音のゾーニングをつくっている」と書きましたが、ロースタリーの天井は形状そのもので音環境をコントロールしている。

あれだけ多くの人が訪れる空間なのに、会話が聞き取れないほどうるさくはならない。かといって図書館のように静かでもない。「活気はあるけど、隣の人との会話は成り立つ」くらいの、ちょうどいい音のレベル。あの天井の形が、それを実現する一端を担っているんです。

さらに、木という素材の選択。世界各地のロースタリーはそれぞれの都市の文化を反映した設計をしていますが、東京は「木」と「折り紙」で日本を表現している。木は温かみがあり、吸湿性があり、匂いを吸収する。コーヒーの香りが空間にやわらかく漂い、木の天井に吸い込まれ、ほどよい濃度で留まる。素材の選択が香りの体験にまで影響しているんです。

フロアごとの「天井高の変化」が体験を設計している


幾何学的に折りたたまれた木の天井。窓の向こうには目黒川沿いの緑が広がる

このロースタリーで最も感動したのは、フロアごとの空間体験がまるで別の建物のように違うことです。

1階は圧倒的な天井高。キャスクが視界の中心にそびえ、吹き抜けの先に上階が見える。大きなガラス面から外光が入り、開放的で活気がある。人の数も多く、エネルギーに満ちた空間。ここは「市場」のような場所です。コーヒーの焙煎、抽出、提供がオープンに行われ、バリスタの手仕事が見える。

TEAVANAのフロアに上がると、天井が下がる。折り紙の天井がぐっと頭上に迫り、照明が落ち着いたトーンになる。木の温もりに包まれた、親密な空間。1階の活気から一転、ここは「茶室」の精神を感じさせる場所です。

カフェの記事で「天井の高さが気分のモードを切り替える」と書きました。ロースタリーはこの原理を、一つの建物の中で意図的に使い分けています。1階の高い天井が「ハレ」の興奮をつくり、上階の低い天井が「ケ」の落ち着きをつくる。階段を上がるごとに、体験のモードが切り替わっていく。

これはホテルの記事で触れた「廊下が公から私へモードを切り替える」話と同じ構造です。ロースタリーでは、階段がその役割を担っている。上に行くほど静かに、親密に、深くなっていく。

ガラスの壁が「内」と「外」を溶かしている


幾何学的に折りたたまれた木の天井。窓の向こうには目黒川沿いの緑が広がる

ロースタリーの壁面は、大部分がガラスで構成されています。特に目黒川に面した側は、床から天井まで続く全面ガラス。

このガラス面が生み出している効果は、単なる「景色が見える」以上のものです。

目黒川沿いの桜並木が、ガラスを通じて建物の内部に「入ってきている」。春には桜、夏には緑、秋には紅葉、冬には枝のシルエット。季節ごとに変わる外の風景が、店内の内装の一部になっている。

ホテルの記事で「窓の向こうの夜景は、壁に掛けられた絵画と同じ役割を果たしている」と書きましたが、ロースタリーでは窓の外の自然が、壁に掛けられた風景画どころか、空間全体を包む環境になっている。銅とガラスと木で構成された人工的な内部空間と、目黒川の有機的な自然が、ガラス一枚を隔てて対話している。

テラス席に出ると、この対話がさらに深まります。木のデッキに座り、目黒川沿いの木々の梢を眼下に見下ろしながらコーヒーを飲む。屋根の軒が深く出ていて、直射日光は遮りつつも空は見える。頭上の木のルーバー天井が、内部の延長であることを示しながらも、風が抜ける開放感がある。

住まいの記事で「ウッドデッキは室内と室外の中間にある半屋外空間」と書きましたが、ロースタリーのテラスはまさにその最上級版です。建物の中にいるのか外にいるのか、その境界が溶けていく感覚。これは日本の縁側の精神を、現代の商業建築に翻訳したものだと思います。

バーカウンターが「舞台」になっている


高さ約17メートルの銅のキャスク。槌目の表面に桜の花びらが舞う

1階を上から見下ろすと、空間の構造がよくわかります。

バーカウンターがフロアの中央に大きく配置され、バリスタがその中で働いている。カウンターの周囲に客席が広がり、客はバリスタの手仕事を眺めながらコーヒーを待つ。

これは建築的に言うと「劇場型プラン」です。バリスタが舞台の上の演者で、客は観客。コーヒーを淹れるという行為そのものがパフォーマンスとして上演されている。

普通のカフェでは、コーヒーを淹れる場所は客席から見えないバックヤードにあります。効率を考えればそのほうが合理的です。でもロースタリーは、焙煎から抽出までのすべてのプロセスを「見せる」ことを空間設計の核に据えている。

銅のパイプの中を豆が流れ、焙煎機が回り、バリスタがハンドドリップする。その一連の流れが、空間の中で「物語」として展開される。客はコーヒーを飲んでいるのではなく、コーヒーが生まれる物語を体験しているんです。

これは美術館とは逆のアプローチです。美術館は完成した作品を最適な環境で鑑賞させる建築。ロースタリーは、作品(コーヒー)が生まれるプロセスそのものを体験させる建築。どちらも「一つの体験のために空間のすべてを設計する」という点では同じですが、見せているものの位相が違う。

素材の「会話」が空間をまとめている


幾何学的に折りたたまれた木の天井。窓の向こうには目黒川沿いの緑が広がる

ロースタリーの内部をぐるりと見渡すと、使われている素材の種類が実はそれほど多くないことに気づきます。

銅。木。ガラス。コンクリート。基本的にはこの4つの素材で空間が構成されています。

銅はキャスクとパイプとディテールに。木は天井と家具とデッキに。ガラスは壁面と仕切りに。コンクリートはエントランスの壁と基壇に。それぞれの素材が明確な役割を持ち、互いを引き立てている。

カフェの記事で「素材の手触りが無意識の信頼をつくる」と書きましたが、ロースタリーの素材選びは「信頼」を超えて「物語」を語っています。銅はコーヒーの焙煎機や銅ポットを連想させ、木は自然とクラフトの温もりを、ガラスは透明性と開放性を、コンクリートは都市の力強さを伝えている。

これだけ大規模な空間を、少ない素材で統一することで、空間全体に一貫した「トーン」が生まれている。華やかなのにうるさくない。要素が多いのに散漫にならない。それは素材の数を絞ったことによる統一感の恩恵です。

銀座の記事で「新旧の建築が調和するのは、スケールの秩序が統一されているから」と書きました。ロースタリーの場合は、素材のパレットを限定することで、4つのフロアの個性が一つの世界観のもとに統合されているんです。

おわりに──「コーヒー一杯」のために、ここまでやるか

ロースタリーを出た後、目黒川沿いを歩きながら考えました。

結局のところ、ここでやっていることは「コーヒーを一杯出す」ことです。その一杯のために、17メートルの銅のキャスクを建て、折り紙の天井を架け、目黒川の桜をガラス越しに招き入れ、4つのフロアに異なる世界をつくり、焙煎から抽出までのすべてを劇場のように見せている。

「コーヒー一杯のために、ここまでやるか」

これが、この建物に対する最大の賛辞だと思います。

このシリーズでは、「なぜか居心地がいい」の理由を言葉にしてきました。カフェ、コンビニ、図書館、美術館、ホテル、駅、映画館。どの空間にも、人間の心理と行動を読み解いた設計者の意図が潜んでいました。

ロースタリーには、そのすべてが詰まっています。カフェの居心地のよさ。美術館の鑑賞体験。ホテルのトランジション。映画館の没入感。コンビニの動線効率。一つの建物の中に、あらゆる建築の知恵が凝縮されている。

でもすべてに共通しているのは、「体験のために空間がある」ということ。建物が自己主張するのではなく、そこで過ごす人の体験を最大化するために、建物のすべてが奉仕している。

次にロースタリーを訪れることがあったら、コーヒーを注文する前に、少しだけ上を見上げてみてください。折り紙の天井と、銅のキャスクと、ガラスの向こうの桜が目に入るはずです。

そしてコーヒーが来たら、建物のことは忘れて、一口飲んでください。

その一口のために、この建物は建てられたのだから。


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