図録を買うか、買わないか
展覧会の出口には、たいてい図録が並んでいる。
分厚くて、そこそこの値段がする。
その前で、私はいつも少し立ち止まる。
買うか、買わないか。毎回、同じ迷いを繰り返している。
会場の記憶は、思ったより早く薄れる
図録を買う理由は単純だ。
会場で見た感動を、あとで確かめたくなる。
でも、記憶というのは思っているより早く薄れる。
あの絵の、あの部分がどうだったか。数日後には、もうあやふやになっている。
図録があれば、その記憶をあとから補強できる。これは、買う側のいちばん大きな理由だ。
それでも、開かない図録もある
一方で、正直に言うと、買ったのにほとんど開いていない図録もある。
会場での満足感が大きすぎて、家に帰る頃にはもう満たされている。図録は、本棚に収まったまま静かに時間だけが過ぎていく。
こうなると、図録は記録というより記念品に近い。
悪いことじゃない。でも、期待していた役割とは少し違う結果になる。
図版と、実物は、別物だ
図録を眺めていて、いつも思うことがある。
紙に印刷された図版は、実物の代わりにはならない。
絵の具の厚み、筆致の勢い、額縁との距離感。そういうものは、印刷ではどうしても再現しきれない。
図録は、記憶の呼び水にはなる。でも、あの日会場で受けた衝撃そのものは、閉じ込められない。
その割り切りができると、図録との付き合い方が少し楽になる。
買う基準は、"また開くか"
最近、自分なりの基準を決めている。
会場を出て、しばらく経ってもまた開きたくなるかどうか。
強く惹かれた作品が一つでもあれば、迷わず買う。軽く楽しんで終わった展覧会なら、思い切って見送る。
図録の厚みや値段の高さは、判断材料にしない。基準は、そのあと自分がもう一度開くかどうかだけだ。
買わなかった図録を、あとで悔やむこともある
とはいえ、この基準も完璧じゃない。
その場では見送ったのに、数か月後急に見たくなる展覧会がある。そういうときに限って、図録はもう手に入らない。
一期一会は、作品だけじゃなく図録にもあるのだと痛感する瞬間だ。
おわりに
図録を買うか、買わないか。
正解はない。毎回、その場の感覚で決めるしかない。
それでも、これだけは言える。迷った末に買った図録は、たいていあとで開いてよかったと思うものになっている。
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