ブリジャートン家外伝「クィーンシャーロット」 感想
🕊️この幸せが永遠に続きますようにと祈らずにはいられなかった話
ドラマ「ブリジャートン家」に、外伝を発見してしまった。
実は、本編を見ていたとき、私はクィーン・シャーロットにあまりいい感情を持っていなかった。
思い通りにならないと気に入らない、可愛げのない性格に思えたから。
だから外伝も、すぐに見る気にはなれなかった。
お気に入りのキャラクターではなかったから。
それでもある日、なんとなく見てみるか…と思って再生した。
――そして、見終わったあと。
質の濃い人生を見終わってしまった、という感覚が残った。
放心状態・・・。
胸がいっぱいで、涙が溢れていた。
この物語は、愛の物語だと思った。
それも、ただ簡単に「愛」と言い表せるものじゃない。
女性が自分の意思で結婚を決めることができない時代の、
クィーン・シャーロットと、ダンベリー夫人の人生の物語。
昔から、どこの国でも女は家を繁栄させるための存在として扱われてきた。
そしてその運命を受け入れ、嫁いでいく。
彼女たちも、その一人だった。
意に沿わない相手との、歳の差結婚。
会ったこともない人との結婚。
たった一人で新しい環境に飛び込む。
味方がいるのかどうかもわからないまま。
運が良ければ相手は良い人。
運が悪ければ、それは地獄になる。
自分の運のなさを、ずっと呪い続けてしまいそうな人生。
それでも――
彼女たちは、自分の幸せを見つけた。
誰かに与えられたものではなく、自分の手で。
シャーロットとジョージの愛は、最初は見ているのが辛かった。
ジョージ3世は、自分の中にある“普通ではない部分”を抱えながら、
それを受け入れてもらえるのかを悩んでいた。
秘密を打ち明けることもできず、シャーロットと距離を取る行動に出る。
人として欠けているのではないか――
そんなふうに思い詰めている姿は、見ていて心苦しくなった。
正直、目の前に“普通ではない瞬間がある人”がいたとき、
自分がどんな感情になるのか、私には想像がつかない。
でも――
シャーロットは、それを受け入れ、
そして、ジョージを支えることを自分で選んだ。
二人の間にあるものが愛だとするなら、
無条件に人を愛するというのは、こういうことなのかもしれない。
どんなあなたでもいい。
支えて、そばにいる。
そんな愛のかたち。
シャーロットは、王を支えるために、自らクィーンになることを選ぶ。
それが望んだ人生ではなかったとしても、
自分の人生を引き受けたように見えた。
彼女が息子に語った言葉が、
その人生すべてを表しているように思えた。
『愛とは、感情ではなく、決意であり、選択である。
結婚した以上、その人を愛することを選ぶ。
他に選択肢を持たない。
なぜなら、結婚は困難で、時に苦痛に満ちているものだから。』
これは――
やるべきことをやり切った人だけが言える言葉だと思った。
そして――
二人の間には、確かに純粋な愛があった。
それだけが、救いだったと思う。
一方、ダンベリー夫人。
意にそぐわない結婚を受け入れ、
家のために生きてきた女性だった。
運命は、彼女を思ってもいない場所へと連れていく。
愛を感じることのない夫を早くに失い、
解放された気持ちと同時に、
女性が一人で生きていけない現実に直面する。
生きていくためには、誰かと結婚し、
庇護されるしかない。
そう思いながらも――
それが自分の望む生き方ではないことを、彼女は知っていた。
女が一人で生きることが許されない時代に、
自分の知恵と機転で生き抜いていく。
めちゃくちゃかっこいい。
彼女は、ただ耐えるだけの人生では終わらなかった。
耐える中で、自分を見つけた人だと思った。
彼らが一番幸せだった日。
ジョージとシャーロットの第一子生誕を祝うパーティの日。
王に対する不信感が高まる中、
シャーロットと踊るジョージ3世の、幸せそうな顔を見たとき、
涙が止まらなかった。
もちろん、従者のレイノルズとブリムズリーも二人で踊っていた(笑)
本当に微笑ましくて、
あの場にいるすべての人が、キラキラと輝いて見えた。
この幸せが、永遠に続きますように――
そう祈らずにはいられなかった。
けれど、その願いは叶わない。
あの時間は、
この先に訪れる現実を、静かに予感させるものだったのかもしれない。
結局、ジョージの病は完全に癒えることはなく、
彼を愛することに全てを注いだシャーロットは、
子どもたちからは「母親」としては見られなかったのかもしれない。
人は、すべての人を満足させることはできないんだな・・・と思った。
それから、心に残ったことがあった。
シャーロットが年を重ねてから、ブリムズリーに「家族はいないの?」
と問いかける場面。
長い間そばにいたのに、彼の人生のことを何も知らなかったという事実に、少し驚いてしまった。
人は、近くにいる人のことさえ、本当は見えていないのかもしれない。
誰かを選べば、他を取りこぼしてしまうこともある。
だからこそ――
人生は、その境遇の中で、何を選び、どう生きるかで変わっていく。
2人の物語を見ると、置かれた環境を嘆くだけでは、
何も変わらないんだって思った。
納得のいく人生を手に入れるためには、
誰かの影に隠れるのではなく、
自分として生きること。
それが、そこへ導いてくれるのかもしれないと、そう思った。
そして、ダンベリー夫人みたいにしたたかには出来ないかもしれないけど、
私も自分なりにもがいてみたいなと思った。
PS. レイノルズどこ言った問題、めちゃくちゃ気になるんですけど(笑)
