私を通ってくるもの
朝起きて、瞑想をする。
窓を開けて、外の空気を味わいながら毛布に包まった。
冷たい空気に触れるたび、内側のあたたかさがいっそう際立って心地よい。
目を閉じて、からだの奥に意識を向ける。
しばらくすると、胸のあたりで小さなざわめきが揺れはじめる。
その揺れを見つめていると、父に向けて抱いていた寂しさが立ち上がってきた。
しばらく味わったあと、その感覚を確かめるようにノートを開き、思うままに書き続ける。
悲しかった記憶、伝わらなかった想いが、紙の上にパラパラと落ちていく。
ページをめくった瞬間、胸の奥ではっとした。
—この寂しさは、私だけのものではないのかもしれない。
私の中で起きているのに、私を通って立ち上がってきたもののようにも感じる。
そう思うと、この寂しさを変えようとしたり、誰かに理解してもらおうと握りしめる必要はないことに気づく。
書き終えたあと、内側へ意識を戻すと、小さなゆらめきが、まだそこにあった。
「来てくれたんだね」と、そばにいる。
私がこの悲しみに開かれると、世界のどこかがやわらぐ気がした。
パソコン作業をして、布団を干し、お昼ごはんの準備をする。
小松菜と白菜、水菜を沸騰したお湯にくぐらせる。
葉が鮮やかに透き通ってきたら、ざるにあげて醤油洗いをし、ぎゅっとしぼる。
このひと手間で味が決まる。
ほどよい大きさに切り、ツナとたかきびで和えた。
昨夜から戻しておいた干し椎茸と高野豆腐は、水気を絞り、人参と出汁でゆっくり煮含める。
茹でこぼす瞬間、火を切る時。
料理のタイミングは、いつも食材が教えてくれる。
湯気の匂いや、箸に伝わるわずかな弾力が、そのサインになる。
ご飯を盛って、テーブルについた。
高野豆腐はまだ少し薄いかもしれないと思いながら口に運ぶと、じゅわっと出汁が広がる。
「うーん!うまい」
思わず声が出る。
和えものも、葉のひとつひとつに食感と甘みがあって、箸がどんどん進んだ。
お茶を飲んで一息いれて、布団を取り込む。
新しいシーツをかぶせて、紐を一つずつ結ぶ。
指先に、さらりとした布の張りが伝わる。
ふと、クリスマスの飾りを出していないことに気づいた。
引き出しを開けて、赤い箱の中から小さなサンタとしろくまの置きものを取り出して、玄関に飾る。
一年に一度だけ顔を合わせる小さな仲間たち。
その姿を見ていたら、あたたかさが内側にひろがった。
寂しさでも、喜びでも、それは世界の一部として私のもとに立ち上がってくる。
ただ、それを感じる。
どんなものも、そのままに。
