昨日noteが書けなかった理由
はじめに
昨夜、「書きたい」が「書かねば」に変わった瞬間に「◯◯せねば」撲滅運動中の私はnoteを書くことを放擲した。
前回記事も、書くハードルを上げたのかも知れない。
「得意分野」と「怒り」
今後、意識したいのは、得意分野以外の記事にチャレンジすることです。
もう一つは怒りをトリガーにした文章を減らすことです。
逆にいえば、「得意分野」と「怒り」の記事であれば「毎日note」も容易だろう。
例えば私の場合、「就職活動」は人事やキャリア支援経験が豊富なので書けることはたくさんある。
また、松葉杖や脳の病気などの不幸経験も「得意分野」として記事にしてきた。
同じく「怒り」も、その勢いだけで1,500字超の記事が短時間で書けるだろう。
私が最近取り入れた「3行日記」も継続目的だけであれば便利なツールである。
もう一つのタイトル
今回は「毎日note」を早々に手放したので、暫くはノンストレスで記事が書けそうだ。
「書かねば」が「書きたい」に。
この記事のサブタイトルを「人間万事塞翁が馬」として、今朝は筆を擱こう。
擱く(おく)⇒やめること。
書くことをやめる意味の「筆を擱く」という形で主に使われるが、常用漢字ではない。「筆を置く」だと机の上などに置く物理的な動きのように誤解されかねないので、新聞ではやめる意味では「おく」と仮名書きにしている。 【25%読めた】
「塞翁が馬」とは、新明解国語辞典によりますと「その人にとって何がしあわせになり、何が不幸になるか、予測しがたいものだの意を表す。」(「塞翁」は、昔、中国で、国境のとりで近くに住んでいた老人の意。塞翁の馬が居なくなったかと思うと、しばらくして駿馬を連れ帰った。その馬に乗ったむすこはけがをしたが、それで戦争に行かずに済んだ。人は、そのたびごとになげいたり喜んだりしたが、塞翁は「福必ずしも福ならず、禍必ずしも禍ならず」と答えたという故事に基づく)とあります。「人間万事塞翁が馬」と使われたりします。この「人間」も同辞典によりますと(「じん」も「かん」もそれぞれ漢字の漢音)「世間、世の中」となっています。「世の中、何がしあわせになり、何が不幸になるかわからない」ということになるのでしょう。 昨日、ノーベル賞に輝いた山中伸弥京都大学教授がこの言葉を支えに研究に力を注いできた、と新聞報道にあります。手術も不得手で他の医師が30分で終わる手術に2時間かかったということもあったそうで、臨床医から基礎研究に転換されたとか。失敗の連続、挫折を乗り越えての受賞ということになります。まさに「人間万事塞翁が馬」ということになります。 「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」で医療の面に夢と希望を与えた山中教授、ノーベル賞を受賞するような人でも多くの失敗と挫折を経験しているということから、私たちに親しみと勇気を与えていただいたような気がします。「夢の実現のために地道な努力」(山中教授)、平凡なようで大変難しいことです。この言葉をしっかり胸に刻み込んでおきたいと思います。
おわりに
あと一つ、記事を書き続ける理由は、noteでつながってる方たちとの挨拶代わりになるからです。
互いの記事にスキをするのは、すれ違いざまに「Bonjour!」と言葉を交わすのに似ています。
そんな素敵な気分を味わいたくて、なるべく毎日投稿しています。
みなさんはいかがでしょうか?
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
seidakun
