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デジタル化は、たぶん人をダメにする(14)【デジタル教科書の流れは止められない。疑問のある人は自衛が原則となったか】

デジタル化は、人間をダメにするのではないか。私自身の実感から、その点について考えています。

シリーズ化しています。過去記事はこちら。

ついにというか、来るべきものが来たという感じが否めないのが、教科書のデジタル化です。ついに現実が動き出したようです。

これについては、私自身の仕事を通じていろいろ考えてきたことでもあります。

自分なりに考え、現場で実証してみた結果、原則として教材は「紙である方が、学習者にとってよい」という結論になっています。

生徒たちを見ていて、気になっているのが、スマホを触っているときのスワイプの速さです。街中でスマホをいじっている人を見てもそれは観察できます。次々にスワイプして次の画面をみている。コンテンツがそのような構造になっているためでもあるようです。
もし、教材をデジタルで配布した場合、基本テキスト(文章)で書かれていますから、一定の読む時間が必要になります。
しかし、生徒たちがスワイプするスピードで読まれた場合、頭にどのくらい入っているのか心配になります。

上記記事より

デジタル教科書によって、動画もふんだんに織り込んだ豊かな教材になるメリットは確かにあるでしょう。

しかし、教科書の本来の役割は、「文章を読み、内容を理解する能力を育てる」にあると思います。その大前提の能力の育成を通して、教科書の内容を理解するという行程が上乗せされる構造になっていると私は理解しています。

私は、デジタル教科書によって、この土台部分が崩れるのではと懸念しています。

それを実証するように、デジタル端末の文章は読みにくいという声は高校生からはとても多い。

私立高校で顕著になっていることとして、宿題などプリントの問題は紙で配られるものの、解答はタブレット端末に送付というパターンですが、これがかなり評判が悪い。
「(フォントが小さいので)読む気がおこらない」
「答え合わせは、ざっと見るだけ。読むと疲れる」
という声が多く、
さらに
「(一括送信できるから)先生が楽だからでしょ? そもそもタブレットなんかいらない」
という生徒さえいます。

皮肉なことなのかもしれませんが、タブレット端末配布(貸与)がない公立高校の生徒は、紙で配られた解答に自分なりにいろいろ書き込んでみたり、コピーしてノートに貼ってやり直しノートを作ったりと「有効活用」しています。

私も実感していますが、このようなことは、自由度の高いアナログが便利なのです。

デジタルだから便利であるかは、一概には言えず、効果という点でも活用の広がりまで含めた議論、そもそもデジタル教科書にどの程度の効果があるのかの実証などが必要となるはずですが、

私はそのような検証する展開にはならないだろうと思っていました。

それは、デジタル教科書を使うことは、未来に向けた良い方向性なのだと考える人の思考が極めて強固だと思っていたからです。

デジタル教科書先進国であるフィンランドは、立ち止まって考えなおす方向に動いているようです。

残念ながら、このような柔軟な動きは、私たちの社会では望むのは難しいと思っています。

先に挙げた私立高校での生徒さんたちの「声」は、先生方にも届いていると思いますし、良心的な先生の中では、現状への疑問も出ているでしょうが、コミュニティのなかで、「声の一番大きい人」の意見が通る現実がある以上、これに抵抗するのは難しいのではと思っています。

そうなると、これは自衛するしかないのではと思っています。

仮にお子さんが通う学校で今後、完全にデジタル教科書となったとしても、デジタル教科書に疑問のあるご家庭は、紙の教科書を自前で買って備えておくのがいいのではと思っています。

デジタルが良いと思っている人の考えはとても強いので、考えを改めてもらうことはかなり難しいと私は思っています。

デジタルに疑問があれば、手間になっても自衛する。

これからはこの方向性がデフォルトになるのではと思っています。








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