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音楽あれこれ(18)指を失った男が変えた音楽の歴史トニー・アイオミが教えてくれる「制約」と創造性

ロックの歴史には数多くの伝説が存在する。しかし、その中でもブラック・サバスのギタリスト、トニー・アイオミほど「制約を創造性へ変えた人物」は少ないのではないだろうか。

彼はヘヴィメタルの創始者の一人として知られている。しかし、その音楽的革新は、壮大な理想や計画から生まれたものではなかった。

それは一つの事故から始まっている。

17歳のとき、工場で働いていたアイオミは機械に手を挟まれ、右手の中指と薬指の先端を失った。

ギタリストにとって指は命である。しかも利き手だった。夢を諦めても誰も責めなかっただろう。実際、彼自身もギターを辞めようと思ったという。

しかし、そのとき彼の人生を変える出来事が起こる。


一枚のレコードとの出会い

事故後のアイオミを見かねた工場の上司が、一枚のレコードを聴かせた。

演奏していたのはジャズギタリスト、ジャンゴ・ラインハルト。ジャンゴは火災事故によって左手の指の自由を失いながらも、ジャズ史に名を刻んだ伝説的なギタリストだった。

後年、アイオミはそのときの心境について語っている。

「ジャンゴに比べれば、自分にはまだできることがあると思った」

その瞬間、彼の視点は変わった。失ったものではなく、残された可能性を見るようになったのである。

人は困難に直面すると、自分に足りないものばかりを数えてしまう。しかし彼の人生を変えるたのは、失われたものへの執着ではなく、残されている可能性への想像力だった。


制約が生んだ新しい音

アイオミは再びギターを手に取った。しかし、以前と同じようには弾けない。そこで彼は工夫を始めた。義指を作り、弦を細くし、チューニングを下げた。そのようにして、少しでも痛みを減らしながら演奏できる方法を試行錯誤した。

その結果として生まれたのが、後に世界中のロックやメタルに影響を与える重厚なサウンドだった。

興味深いのは、彼自身が革新者になろうとしていたわけではないことだ。ただギターを弾き続けたかった。その切実な思いが、結果として新しい音楽を生み出したのである。

私たちは自由こそが創造性を生むと考えがちだ。しかし実際には、創造性とは制約の中から生まれることも少なくない。

限界があるから工夫する。できないことがあるから別の方法を探す。その積み重ねの先に、誰も見たことのない景色が現れる。


『Paranoid』が描いた幸福の不在

ブラック・サバスの代表曲『Paranoid』には、今なお多くの人の心を捉える一節がある。

「俺には本当の幸せがわからない」

初めてこの歌詞を聴いたとき、私は妙に印象に残った。不幸だから苦しんでいるわけではない。何が幸せなのかわからないから苦しんでいる。

そこに現代人にも共通する感覚があるように思う。
私たちは豊かさを手に入れ、便利な社会を作った。欲しいものはすぐに届くし、知りたいことはスマートフォン一つで調べられる。

それでもなお、「何のために生きるのか」「何が幸福なのか」という問いに答えられずにいる。

『Paranoid』の主人公は、そんな現代人の不安を半世紀も前に歌っていたように思える。だからこの曲は今でも古びない。

時代が変わっても、人間の根源的な悩みは変わらないからだ。


制約は可能性の反対語ではない

後年、アイオミは「あの事故がなければ今の自分のスタイルにはなっていなかっただろう」と振り返っている。

彼は、現実から逃げず、失われたものを嘆くだけで終わらず、その条件の中で何ができるかを問い続けた。そして、その問いが新しい音楽を生み出した。

教育の世界にいても同じことを感じる。子どもたちは皆違う。得意なことも違えば、苦手なことも違う。だからこそ面白い。大切なのは全員が同じ能力を持つことではない。

自分が面白いと思うこと、自分がやってみたいと思うことに向き合うことだ。できるかどうかは最初からわからない。成功する保証もない。しかし、可能性は挑戦した人の前にしか現れない。

トニー・アイオミは指を失った。

だが、その制約の中でギターの可能性を追求し続けた。そして気がつけば、彼自身が音楽の歴史を変えていた。

彼の人生は教えてくれる。制約は可能性の反対語ではないこと。時として、制約こそが創造性の出発点になるのだと。

そして『Paranoid』を聴くたびに、私はそんなことを思い出すのである。

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