「私だからお願いしたい」と言われる仕事がしたかった
前回の記事で、私は17年間、いろいろな職場を経験しながら、
「自分に合う場所はどこなんだろう」
と探し続けてきたことを書きました。
幼稚園から保育園へ。
そして保育園でもいくつもの法人や園を経験しました。
そんな私が次に興味を持ったのが、
ベビーシッター
という働き方でした。
ベビーシッターなら一対一でもっと深く子どもと関われる。
園の方針や、周りの先生とのやり方の違いを気にすることなく、自分がしたい保育ができるかもしれない。
そんな期待がありました。
そしてもう一つ。
毎日同じ場所に行くのではなく、依頼によって場所も変わる。
関わる子どもも変わる。
人も環境も変わる。
今思えば、それも私には魅力でした。
「もしかしたら、こういう働き方が私にはあっているのかもしれない」
そう思いました。
ベビーシッターは、意外と私にあっていました
実際に初めてみると楽しかったです。
一対一だからこそ、その子のペースに合わせられる。
「今日は何をして過ごそうか」
と考えながら、その子の興味に合わせて関わることもできる。
園とは違って、毎日同じ場所、同じメンバーというわけではありません。
今日はこの家庭。
次は別の家庭。
関わる子どもも、保護者も違います。
そういう変化がある働き方は、私には合っていました。
保育後には、その日の子どもの様子をできるだけ丁寧に報告しました。
ありがたいことに評価していただき、リピートで依頼していただける方もいました。
「ありがとう」
と直接言ってもらえることも嬉しかった。
だったら、そのまま続ければよかったのでは?
いま振り返ってもそう思います。
でも私は、3ヶ月程でベビーシッターを辞めました。
楽しい。でも何かが足りない
仕事が嫌だったわけではありません。
むしろ、働き方としては好きでした。
自由度がある。
変化がある。
一対一で子どもと関われる。
保護者から直接感謝してもらえる。
自分が求めていたものが、かなり揃っているように思えました。
それなのに、
「何かが違う」
という感覚がありました。
そのときは、うまく言葉にできませんでした。
でもいまなら少しわかります。
ベビーシッターを利用する理由は、それぞれの家庭によって違います。
私が関わった中では、
「仕事があるから、その時間子どもを見ていてほしい」
「用事があるからお願いしたい」
そんなふうに必要な時間に安心して子どもを預けることを求められていることが多かったように思います。
もちろん、それはとても大切な仕事です。
そして、私を選んでくださったことも嬉しかった。
でも私は、そこからもう一歩、
別のものを求めていたのだと思います。
私は「私の経験」を必要としてほしかった
私は17年間の中で、いろいろな子どもを見てきました。
いろいろな保護者と関わってきました。
いろいろな先生とも働いてきました。
うまくいったこともあれば、
失敗したこともあります。
「どうしたらいいんだろう」
と悩みながら働いてきたことも、何度もあります。
だから私は、ただ子どもを預かるだけではなく、
その経験そのものを誰かのために使いたかったのだと思います。
「子どものことで悩んでいるんです」
「保育園との関係で困っています」
「職場の人間関係がつらいです」
そんなとき、
「あなたならどう思いますか?」
と聞いてもらいたい。
そして、
「あなたに話してみたかった」
と思ってもらいたい。
当時は、そんなふうにはっきりと言葉にできませんでした。
でもいま振り返ると、
私は「保育をすること」だけでなく、
自分が経験してきたことを使って、目の前の人の役に立つこと
を求め始めていたのだと思います。
「必要とされたい」と思うのは、よくないことなのかな
「人から必要とされたい」
こう書くと、
誰かから認めてもらいたいだけなのかな、とも思います。
私自身、
「必要とされたいと思うのは、ただ承認されたいだけなんじゃないか」
と考えたことがあります。
でもいまは、少し違う捉え方をしています。
私が嬉しいのは、
「すごいですね」
と言われることではありません。
話をしている相手が、
「ちょっと気持ちが楽になりました」
と言ってくれたり、
「もう少しやってみようかな」
と思ってくれたり、
「そういう考え方もあるんですね」
と、それまでとは違う方向を見られるようになったりすること。
私は、そういう瞬間が好きなのだと思います。
自分の経験や言葉が、その人が前を向く小さなきっかけになる。
私が求めていた「必要とされる」はもしかしたらそういうことだったのかもしれません。
その後、私は海外へ1年間ワーキングホリデーへ行きました。
ベビーシッターを辞めた後、私は以前から決めていたワーキングホリデーに向けて動き始めました。
出発までの間は以前働いていた園が認定こども園になっていたのでそこでパートして働きました。
それと同時に学童でも働きました。
一つの職場だけではなく、複数の場所で働く。
それも私には意外と合っていました。
そしてワーキングホリデーへ。
最初の3ヶ月は語学学校に通い、そのあとは現地の寿司屋でキッチンとホールの仕事をしました。
保育とは全く違う仕事です。
でもこの経験も今の私には大きく繋がっています。
海外に出て気づいた「いろんな生き方があっていい」
いろいろな国の人と出会いました。
私は海外の人と話をすることが好きでした。
もちろん、たった一度の海外生活でその国や海外の人たち全てを語ることはできません。
それでも、私が出会った人たちを見ていて感じたことがあります。
それは、
「人の目を気にしすぎず、自分の考えを持って生きている人が多いな」
ということでした。
日本にいた頃の私は、
「周りからどう思われるんだろう」
と考えることがよくありました。
仕事を変えること。
一つの場所に長くいないこと。
人と違う選択をすること。
「普通はこうするよね」
というものから外れることに、どこか不安がありました。
でも海外に出て、
いろいろな考え方の人がいて、
いろいろな働き方をしていて、
いろいろな人生を生きているのを見ました。
そのとき、
「別にみんなと同じじゃなくてもいいのかもしれない」
と思いました。
自分に合う働き方は、一つじゃないのかもしれない
幼稚園をやめて保育園へ行った。
保育園をいくつも経験した。
ベビーシッターもした。
学童でも働いた。
海外にも行った。
こうして振り返ると、私はずっと、
「これが正解」
という一つの働き方を探していたように思います。
でも海外でいろいろな人と出会って、
そもそも一つの正解を探さなくてもいいのかもしれないと思うようになりました。
一つの職場で長く働くことが合う人もいる。
いろいろな環境を経験することが合う人もいる。
組織の中で力を発揮する人もいる。
一人で仕事をする方があっている人もいる。
大切なのは、
「周りからどう見えるか」
ではなく、
「自分はどんなふうに生きたいのか」
なのかもしれません。
ただ、この時点でも私はまだ、
自分が最終的に何をしたいのかまではわかっていませんでした。
帰国した私に、思いがけない話がきました
その後、日本に戻った私に、思いがけない話がありました。
以前働いていたこども園の理事長から
新しくつくる理事長直轄の組織で働かないかと声をかけていただいたのです。
そこで、私はこれまでとは少し違う立場から保育を見ることになりました。
職員育成。
法人が買収した園の立て直し。
自園の方針を新しい園に落とし込むこと。
新規園へのアドバイス。
学園のカリキュラムづくり。
それまでは、「自分が子どもにどう関わるか」
を考えることが中心でした。
でも、ここから私は、
「人を育てること」
「組織をつくること」
を考えるようになりました。
そしてその先で、私はまったく違う園で施設長になります。
そこで待っていたのは、
私が想像していた「園長先生」という仕事とはまったく違うものでした。
職員が次々と辞めた園。
本部と現場の間にできてしまった大きな溝。
不安と怒りを抱えた保護者。
そして、何も知らないまま、その真ん中に入ることになった私。
正直、
「なんで私が、知らない園のためにここまでしなきゃいけないんだろう」
と思ったこともありました。
でもこの経験が、
私がいま、
「悩んでいる人の話を聞く仕事がしたい」
と思うようになった、大きなきっかけになります。
次回は、
「施設長になって最初に待っていたのは、怒っている保護者たちでした。」
という話を書きます。
