福祉から平和を(2)健常者も自分ごと
私たちは多くの大人に支えられて大人になった。そして、年老いて衰弱すると、今度はまた支えられる立場になって死ぬ。いくら健康に過ごしていても、大なり小なり、支えられる立場になる必要性は免れない。
もしくは事故を被って、身体機能や脳機能に支障をきたして、自立生活が困難になって、支えられる立場になる。その可能性は誰だって持っている。例えば、高次脳機能障害も「自分には関係ない」とは決して言えない障害だ。
高次脳機能障害とは、交通事故などによる脳外傷、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害、脳炎・低酸素脳症などの病気が原因で、脳が部分的に損傷を受けたためにおこる障害です。高次脳機能障害の症状には、何度も同じ事を話したり質問したりする「記憶障害」、気が散りやすく、仕事上でのミスが多くなる「注意障害」、感情のコントロールができない「感情障害」のような様々な症状があり、日常生活にさまざまな困難が生じます。 外見から障害があることが分かりづらいため、周囲から誤解を受けたり、本人や家族の負担が大きなものになっています。
脳の損傷なので損傷箇所によって支援が必要な機能が異なる。身体的な障害を抱えることもあれば、精神的な障害や知的な障害を抱える可能性もある。
そうなったときの社会のあり方が、障害種別同士で社会認知のパイを奪い合うような、平和を奪い合うような不健全な構造だった場合、生きづらくなるのは自分だ。他人事ではない。
老化、ホームレス、引きこもり、シングルマザー、難病など望んでいないのに生きづらくなるケースはいくらでもある。明日は我が身、かもしれない。
福祉の現場に照らし合わせて、現状の構造を「これで良いのか?」と批判的に考え続けることは、いま苦しんでいる当事者だけでなく、自分も含めた未来の当事者にも大事なこと。そうして考察するほど課題が積み上がる。
次回で、平和に近づける手立てを考える。
