「男の嫉妬は、いちばん醜いんだよ」
ある夜。
子どもを寝かしつけたあと、二人はリビングに並んで座っていた。
テレビはつけていない。
部屋には、時計の秒針の音と、ゆっくりした呼吸だけがある。
彼女は床に座って、静かにストレッチをしていた。
彼はソファに腰をかけ、腕を組んだまま、どこを見るともなく天井を見ていた。
昼間、彼女が話していた仕事先の男性の話。
ただそれだけの、他愛のない話題だった。
彼女は何も気にしていなかった。
でも、彼の胸の奥には、小さなざわめきが残っていた。
しばらく沈黙が続いたあと、
彼は自分でも意外なほど低い声で言った。
「……ねえ。」
「なに?」
彼女は体を伸ばしたまま、気軽に返す。
彼は一瞬、言葉を飲み込もうとした。
けれど、自分は隠し通せる人間ではないことを、もうよく知っていた。
視線を落としたまま、ぽつりと言った。
「男の嫉妬って……いちばん醜いと思う。」
彼女の動きが止まった。
驚いた様子も、責める気配もない。
ただ、きちんと耳を傾ける沈黙。
彼は苦笑するように続けた。
「女の嫉妬はさ、まだ理由がある気がするんだ。
不安とか、守りたい気持ちとか。」
「でも男のは違う。」
彼女は何も言わずに聞いている。
「プライドとか、劣等感とか、
自分が選ばれてるって確信できない弱さとか……
そういう、どうしようもないところから出てくる。」
彼は自分に言い聞かせるように、静かに言葉を重ねた。
「だから、醜い。」
彼女はそっと横を見る。
彼は、自分の中の見せたくない部分を、隠さずに差し出しているようだった。
「今日ね……少し思ったんだ。」
「なにを?」
短い沈黙。
「君のことを、魅力的だと思う人が他にもいるって、
考えたくなかった。」
声が、わずかに揺れる。
「自分が選んだ人なんだから、当たり前なのに。」
「それでも……嫌だった。」
その言葉は、責めでも不満でもなく、
ただの弱さの告白だった。
彼女は、否定も肯定もせずに言った。
「あなたが醜いなんて、思わないよ。」
彼は小さく息を吐いた。
「いや、自分ではわかる。
嫉妬してる男の顔って、情けない。」
彼女は首を振る。
「醜いのは、向けどころを間違えた嫉妬じゃない?」
彼は少しだけ顔を上げた。
彼女は続ける。
「あなたの嫉妬は、私に向いてる。
それなら、それは優しさだと思う。」
彼は言葉を失った。
胸に絡まっていた重さが、ゆっくりほどけていくのを感じる。
(この人に言ったら、きっとこう返ってくる。
わかっていたのに、やっぱり救われる。)
彼は小さく笑った。
「……本当に、かなわないな。」
彼女は肩をすくめる。
「かなうとかじゃないよ。
私は、そういうところも含めて好きなだけ。」
その一言で、
彼の中の嫉妬は、音もなく溶けていった。
