【第3回】ちょっと詳しく知りたい人の精神分析入門【フロイト理論の基本】山崎孝明×浜内彩乃
この連載(全10回予定)は大阪・京都こころの発達研究所 葉のYouTubeチャンネル(https://www.youtube.com/@hutaba1891)で公開中の動画の内容を一部抜粋したものです。臨床心理士・公認心理師の山崎孝明先生が精神分析理論の変遷について詳しく語ります。(聞き手:浜内彩乃先生 大阪・京都こころの発達研究所 葉代表)
浜内:今回は第3回ということで、いよいよフロイトのお話に入っていきますね。よろしくお願いします。
山崎:今、画面に出ているのはまたフロイトの写真なんですが、僕は、これを見ると毎回、ちょっとしたプレッシャーみたいなものを感じるんですよね。
浜内:背景も暗いですし、ちょっと怖さがありますよね。
山崎:本当に、なんだか睨まれてるような感じがして…。患者だったら、あの目で見つめられたくないなとか思っちゃいます(笑)。それと関連しますけど、前にもお話ししたかと思いますが、治療者の座る位置ってありますよね。
浜内:治療者が椅子に座って前を向いていて、患者がカウチに横になっているという、お互いがお互いを見えないというスタイルの話ですね。
山崎:そうそう。僕はそれが一般的だとずっと思ってたんですけど、最近、治療者が患者と同じ方向を向くというスタイルもあることを知りました。
浜内:へえ、それはちょっと意外ですね。
山崎:治療者がずっと患者のことを見ているスタイルもあるらしいんです。ちなみに僕が以前治療を受けたときは、まさにそれで、ずっと見られてる感じがして正直嫌でした(笑)
浜内:たしかに、それは緊張しますね。
山崎:「なんで一方的に見られなきゃいけないんだろう」って感じてしまって。もちろん、治療スタイルにはいろんな形があるんですけどね。
浜内:本当にそうですね。同じ治療法でも、やり方や価値観が人によって全然違う。
山崎:今のスーパーバイザーに聞いたら、「言われてみれば、自分は45度の角度で座ってるかな」なんて言ってて、「マジかよ、そんな選択肢もあるのか!」って(笑)
浜内:なるほど。いろんなやり方があるんですね。
山崎:今の話もいい例だと思いますけど、精神分析には「最大公約数」みたいなものがないんです。それくらい多様性がある。でも、だからこそ大事なのは、患者側が「嫌だ」と感じたら、それを言っていいってことです。僕も見られてるのが嫌だっていうのは伝えましたね。
浜内:それを話すこと自体が大事なんですよね。受け入れるかどうかの問題じゃなくて、なぜそう感じたのかを話し合っていくこと、それこそが「解釈」の始まりですもんね。
山崎:セラピーの中では、ちゃんと「ごまかさない」っていう姿勢が大事ですね。それは、治療者はもちろんのこと、クライアントもです。セラピーの場じゃないと、そういうことってなかなか正直に言えないですし。
浜内:そこを深掘りしていくのが、セラピーならではの特徴ですよね。
山崎:「そこまで掘り下げる必要ある?」って思われるようなところでも、僕らは「いや、だからこそ大事なんですよ」っていう態度でやってますから。
浜内:そういうスタンスが、やっぱり分析の現場では大切ですね。
さて、そろそろフロイトの本題に入っていきましょうか。この人、ほんとうにすごいんですよね。
山崎:精神分析といえばフロイト。彼の著作『夢解釈』っていうのが代表作のひとつなんですけど、昔の邦訳では『夢判断』と訳されてましたね。でもドイツ語的には「解釈」の方が正確なので、最近では『夢解釈』と訳されることが多いです。
浜内:たしかに「判断」と「解釈」ではニュアンスが違いますね。
山崎:そうなんです。で、彼は夢を通して無意識にアクセスしようとした。自分の夢についていろいろ連想したり、ひたすら「これは何を意味してるのか?」と考え続けるんですよ。正直、かなり、そうとう、めちゃくちゃに、しつこいです(笑)
浜内:でも、その「しつこさ」こそがフロイトのすごさなんですよね。患者とのやりとりの中で考察するだけじゃなく、自分自身の夢や感情まで題材にしてる。
山崎:自分を分析の対象にしちゃってるんですよね。フロイトは1856年生まれで、1939年に亡くなってるんですけど、その時代にしてはかなり先進的なことをしてたと思います。
事例論文にもそういう姿勢が現れていて、当時のブルジョワ階級って、わりと狭い世界なので、登場人物が誰かわかっちゃうんですね。それでも彼は「これはゴシップとして読んでほしくない」ってちゃんと書いてるし、当時としては守秘義務に対する意識も高かったんじゃないかと思います。現代の倫理基準で昔を裁くのは難しいけど、あの時代にそういう配慮をしていたというのは、やっぱり評価されるべきことだと思いますね。
それから、フロイトってオーストリア生まれのユダヤ人なんですが、彼がユダヤ人であることは、彼の理論にも大きな影響を与えています。フロイトだけでなく、メラニー・クラインもユダヤ人。そしてのちに出てくるウィニコットはイギリス人で、やっぱりそれぞれアプローチが違う。でも、やっぱりユダヤ教って強烈な文化ですよ。フロイトはまさに「ユダヤ人的なユダヤ人」って感じがします。これは藤山直樹先生の受け売りなんですが、ユダヤ人って一神教で、どうしても「突き詰める」っていう姿勢が強い。一方、日本は多神教的で、曖昧さとか「まあまあ」みたいな感じを大事にするところがある。そこには文化的な違いがあるんですよね。
精神分析家の北山修先生も、「八百万の神」をキーワードに、日本の文化的特性を分析に絡めて語っています。北山先生の言う「いい意味での適当さ」っていうのは、まさに日本的な感性ですよね。
ちなみに、北山先生は元ザ・フォーク・クルセダーズのメンバーでもありましたよね。面白い経歴の持ち主です。レコ大の作詩賞も獲ってる。
浜内:精神分析の理論を学ぶとき、やっぱりその人の背景、どういう時代に生きて、どんな文化の中で育ったかっていうのは無視できませんよね。
ところで、精神科医がなぜ精神分析を学んでいるのかという話にも繋がってくるんですが、フロイトって実はお医者さんなんですよね。
山崎:そう、ただ、「精神科医」じゃなくて「神経内科医」でした。もともと神経学者として、かなり優秀だったみたいです。
浜内:そうみたいですね。
山崎:でも彼はユダヤ人だったから、あの時代、どれだけ優秀でも大学のポストに就けなかったんです。だから、「生活のために開業するしかない」となって、自分でクリニックを始めたんですね。
浜内:なるほど。開業の背景には、そういった社会的な制約もあったわけですね。
山崎:あと、もう一つの理由が、彼が奥さんのマルタのことをすごく愛していたっていうのがあります(笑)。早く結婚したくて、そのためにはお金が必要だった。だから、開業して稼ごうと決心したんですね。
浜内:なんかちょっと人間味あふれる話ですね(笑)
山崎:いいですよね。で、そのときにフロイトが扱ったのが「ヒステリー」という病態でした。当時、身体的には問題がないのに、足が動かないとか、目が見えない、声が出ない…といった症状が出る人たちがいて、それを「ヒステリー」と呼んでいたんです。神経には異常がないのに、体に不調が出てしまう。まさにそれをどう扱うかを模索した結果が、精神分析に繋がったんですね。
浜内:ちなみに、今の時代だと「ヒステリー」って言葉は、ちょっと違う意味で使われることもありますよね。怒りっぽい人のことを「ヒステリックだ」とか。
山崎:当時の「ヒステリー」っていうのは、もっと医学的な意味を持っていて、ちゃんとした専門用語なんです。
イントネーションも違います。専門用語としての「ヒステリー」は、語尾が上がるのだけど、一般用語の方はアクセントが先頭の「ヒ」にありますよね。文字で見てもわからないですけど、そうやって使い分けてるんですよね。
浜内: なるほど。こういう言葉のニュアンスって、口頭で聞かないと分かりにくい部分がありますね。
山崎:だからこのレクチャーを耳で聴いてくださってる方に、その違いを意識してもらえると、内容がより伝わりやすいかなと思います。
浜内:そして、そんな「ヒステリー」の研究を通して、フロイトは精神分析を立ち上げていくわけですね。
山崎:1895年に出た『ヒステリー研究』という本がその始まりで、共著者はブロイアーという人なんですけど、この本では「外傷論」が採用されています。つまり神経症の原因は、実際に性的なトラウマ体験があったからだと考えられています。
(続きはこちらの動画で)
【第3回】ちょっと詳しく知りたい人の精神分析入門【フロイト理論の基本】
【略歴】
山崎孝明(やまざき・たかあき)
臨床心理士、公認心理師。1985年生まれ。2008年に上智大学文学部心理学科を卒業。2019年に上智大学大学院博士後期課程総合人間科学研究科心理学専攻修了。博士(心理学)。2020年、日本精神分析学会奨励賞(山村賞)受賞。現在、こども・思春期メンタルクリニック勤務。著書に『精神分析の歩き方』(金剛出版、2021)、『精神分析的サポーティブセラピーPOST入門』(共著:金剛出版、2023)、『当事者と専門家―心理臨床学を更新する』(金剛出版、2024)、『週1回精神分析的サイコセラピー』(共編著:遠見書房、2024)など。
浜内彩乃(はまうち・あやの)
大阪・京都こころの発達研究所 葉 代表、京都光華女子大学看護福祉リハビリテーション学部准教授。臨床心理士・公認心理師・社会福祉士・精神保健福祉士などを保有。兵庫教育大学大学院修士課程修了後、教育センターや発達障害者支援センター、精神科医療機関などで勤務。2018年に「大阪・京都こころの発達研究所 葉」を臨床心理士3名で立ち上げ、クライエントへのカウンセリングや心理検査、企業や医療・福祉機関への研修、専門職へのスーパーヴィジョンなどを行っている。2020年より京都光華女子大学に勤務し、福祉職と心理職の協働に関する研究を行うほか、精神科クリニックでカウンセリングに従事。著書に『発達障害に関わる人が知っておきたいサービスの基本と利用のしかた』『発達障害に関わる人が知っておきたい「相談援助」のコツがわかる本』『発達障害・メンタル不調などに気づいたときに読む本』(以上、ソシム)、『ステップアップカウンセリングスキル集』(誠信書房)など。
