弟の“やいと”の記憶
同じ出来事でも、弟と私では記憶の残り方が違っているようです。
弟にとっては今でも強く残る辛い記憶であり、
私にとっては幼い頃の一つの出来事として残っているだけ。
同じ家で、同じ親のもとで過ごしていても、
受け止め方はこんなにも違うのだと、改めて感じることがありました。
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先日、従兄のお葬式があり、その時の会食で背中合わせに座った弟が
小さい頃に親によく”やいと”をすえられた(こちらでは”お灸”をすえることをこう言っています)話をしていました。
確かに弟は小学生の頃、いわゆる「悪ガキ」と言われるような一面がありました。
近所のお婆さんに「クソババア」と言ってしまったり、投げた小石がうっかり近所の女の子に当たってしまうこともありました。
そのたびに母が先方へ謝りに行っていました。
そして、あまりにひどいと「やいとをすえる」こともありました。
従兄のお葬式で初めて聞いたのですが、義妹によると、
「押さえつけられて“やいと”をすえられてた」
と話しているそうです。
そう言われてみると、当時の家の中には、どこかピリッとした空気があったように思います。
また、兄弟喧嘩が収拾つかない状態になると、必ずハタキ(パタパタと叩く例のもの)を持って、「何、兄弟喧嘩してんねん!!」とその柄で叩くのです。
当時を思い出すと、とにかく怖かったという印象があります。
母はパーマをあてていて、私の記憶の中では、漫画『ダメおやじ』に出てくる“オニババ”のような、怖いイメージと重なって残っています。
叩かれるのは私よりも弟の方が多かったように思います。
私にとっては幼い頃の一つの記憶に過ぎなかったことも、弟にとってはより強く残るものだったのかもしれません。
そして、このことは半世紀以上たった今でも、弟の中では強く記憶に残っているようでした。
確かに今なら、そうした行為は体罰と受け取られるでしょう。
心に大きな傷を残すことになりかねません。
義妹には、
よく「こんな自分になったのは、親があんな風に暴力的だったからや」
と話しているそうです。
うちの親、特に母は厳しい人でした。
きっちりしていないとダメ。それに褒めることも苦手だったように思います。
「よそのお母さんなんて、ちゃんと良い子にしていたり、テストで良い点を取ったりしたら、ちゃんと褒めてくれているのに、お母さんは一度も褒めてくれたことないやん」と訴えたこともありました。
そういう時は「あんたたちは、褒めたら増長するからあかんねん」という返答。
今から思うと、子供との向き合い方が下手だったのかなと思えるのです。
それにしても、弟が母に対してどんな思いを抱えているのかは分かりませんが、大人になってからの母への接し方を見ていると、記憶というものの残り方には個人差があるのだと感じます。
同じ出来事でも、それをどう受け止めるかは人それぞれで、
その後の関係性にも静かに影響していくものなのかもしれません。
当時はそれが「しつけ」であり、良かれと思ってされていたのだと思います。
同じ出来事でも、心に残る形は人それぞれなのだと、改めて感じた出来事でした。
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