春の混沌から、何となく少し抜けた
そんな生活してたら、どっちにしたって、体壊しちゃうんだよ
って、娘が言ってたんだなと思う。
娘が私たちのこういう生活で言い出せなかった事があったのではないかという思考に対して、そう思った。
勝手に湧いてくる思考や感情を認めて、追求しないことをしてきたが、4月のその辺がうまくいかない感じだった。
グリーフケアカウンセラーのAyaさんの娘さんを送った方の動画と具体的な対処のブログを読んだ、感情の統合ってなんだ?と思った。
今までの感情や思考を否定せずにいるのは、自分の気持ちを横目で確認して、それを止めるだった。
それを、あ、今こう感じたんだ、この思考がやってきたなの後に、『そうか。そう思ってる私なんだ。』と私という木の幹にカチッとはめる感じにした。
そして、皿を洗ったり、プランターのアブラムシを取り除いたりする。
そういう風に思っても大丈夫
なーんにもしたくない
の、ワードが何となく出てくる。
GWは、出掛けられないなーと思っていたけど、千手観音が見たくなる。
雨やん。
人少ないやん。
行けるんちゃう?
という事で、
⭐︎みうらじゅん✖️山田五郎さんの動画で予習。
⭐︎葛井寺(ふじいでら)の観音様たちに向かい合い認められた感を得て、お地蔵さんに娘のことをお願いする。
お墓を見て、ああここで弔ってはるんや。そうかお寺さんはそうやって祈ってるんやと思う。
物部氏が、祖先を祀った辛國神社の森が素晴らしい。そして、その祖先が、神様で、驚く。
⭐︎ジャン・ミッシェル・フォロン展に行き、絵を描きたくなる。
⭐︎観音様の顔を忘れず、経験と感情が合わさった絵を描いた。なんだか納得する。
⭐︎行ってみたかったお店に行き、知らない町にわくわくしたのも束の間。店主の語りをじっくり聞く時間ができてしまう。
という現実と私の小さな旅をした。
みうらじゅんが歴史的な知識と自分の感覚、知見を織り交ぜながら、納得して語る様を見て、多大に影響を受ける。
絵と、自分の行動と自分の気持ちの受け止め方がなんとなーく私を押し上げてくれて、娘のメッセージらしきものを受け取る。
これがさ、世界を自分が見たいように見られるって事の一つなのかもなと思う。
何となくが増えてくといいな。
それにしても、死ぬ手段まで使わんでも話聞くよ。
でも、そんなんも、今だから言えるんやんな。
教えてくれてありがとね。
ほんまアイラブユーやで。
ちゃんと受け取らないとな。

「千手観音が日本に伝わった時受け入れられたのは
これは、樹木の精霊だと思われたんじゃないか」


千手観音の様に見えてきた
↑控えめに言って最高です。学んで、自分で解釈するのよ。


『世界人権宣言 第一条 (みんな仲間だ)のための
挿絵原画 ジャン=ミッシェル・フォロン
あべのハルカス美術館にて

『出帆』ジャン=ミッシェル・フォロン
あべのハルカス美術館にて

誰に会おう
(葛井寺の千手観音ファイル。生写真と迷ってこちらを)
