ソニー 80回目の創立記念日
ソニー広報部のRTです。5月7日は、ソニーグループ(旧社名:東京通信工業)の創立記念日。80周年という節目に、ファウンダー二人の言葉を辿る旅にでます。
入社式や創立記念日、経営方針、部課長会同。大小さまざまな場で、社員の心が自然とひとつにまとまるような、前に進む力を与えられるような、強く温かい言葉の数々がありました。
「21世紀を見たい」と願ったファウンダー二人のメッセージ。それぞれの時代の写真や、創立からの年数、井深さんと盛田さんの年齢もあわせてご覧ください。


1956年/創立10年 記念寄稿 井深さん(48歳)
一人ひとりの仕事が大きな意味のあること
終戦後、焼け残った日本橋の白木屋ビルに東京通信研究所という30人程の小さな会社を設立してから、もう今年で10年の月日が過ぎ去ってしまいました。
特に現在の東通工製品が吾国電気通信工業界で大きな期待と注目を集めているだけに、皆さん一人ひとりの仕事が大きな意味のあることだと云うことも知っておいてもらわなければなりません。

1960年/創立14年 入社式 盛田さん(39歳)
時代に即応した頭の回転をせよ
金もなく、機械もなくても、我々は頭脳をもっています。この頭脳さえ使えばなんでもできる。それには、人の真似をしたり、他社でやっていることを追随したのでは道は開けません。
私は頭というものは、使う練習さえすれば、いくらでも廻るし、働くと思っています。時代に即応した頭の回転をせよと諸君にお願いしたく思います。

1961年/創立15年 創立記念式典 井深さん(53歳)
おごることは “日々に新たに”というソニーのスピリットに対する反逆
すぐれた技術、おごらない技術、つねに、懐疑の精神に立って、未知に対決する技術、それ故に謙虚な技術、これこそソニーの技術であります。

1962年/創立16年 入社式 井深さん(54歳)
ぶらさがるか、支えるか
当社は社屋こそ立派ですが、中味は非常に不安定なものなのです。その不安定というものを、開発精神、開拓精神といったものにより、さらに常にダイナミックに動いている人たちの手で支えられているわけです。ですから、これにぶらさがる人がちょっとでもあったら、この不安定さというものは非常に恐ろしい結果を生むわけです。
ソニーというものが、皆さんがぶらさがるか、支えるかということで、会社の運命に非常に影響をおよぼすということは、裏返していえば、支えれば支えるほど伸びる会社だということで、働きがいのある良さをもっている会社だということです。
何課であるとかいう、表面上の組織はありますけれど、人間的なつながりというもの、一致協力して目的を貫くということが、ソニーのような企業体では、非常に大きくものをいい、またそれが何よりも必要なのだということを銘記して頂きたいのです。

1966年/創立20年 雑誌寄稿 盛田さん(45歳)
商標というものは、企業の生命で企業の死守すべきもの
技術革新によって、商品も性質を変え、生活の中で果たす機能も変わります。それに応じて、流通経路に変動が起こるのも、理の当然であろう。ソニーのテープレコーダー、トランジスタラジオ、トランジスタテレビが今ではカメラ店や楽器店でも取り扱われるようになったのは、その一例にすぎないし、まだあまり知られてはいないかもしれないけれども、今や「SONY」マークは、計測器、医療機器、自動車部品、化学製品にまでも用いられるようになってきています。
私どもが社名を定めるとき、「ソニー電子工業」「ソニー通信工業」という案があったにもかかわらず、単に「ソニー」株式会社とだけしたのは、今述べた事情が容易に推察できたからです。
1968年/創立22年 経営方針 井深さん(60歳)
はりきって入ってきた仲間の集まり
私たちのソニーは「よし、ソニーのために一つやってやろう」とはりきって入ってきた仲間の集まりです。みんなでソニーを繁栄させ、同時に自分も繁栄していこうという人たちの集まりなのです。

1970年/創立24年 経営方針 井深さん(62歳)
一人ひとりが始動するために必要なエネルギーに
当社はこれまで、機動性に関してはどこにも負けないだけの速さを持っていました。それこそ、他社との差を広げてきた大きな原因でした。しかし、規模が大きくなってその機動力が失なわれたとしたら、ソニーには、もはや何の魅力もなくなるでしょう。
一方、規模がいくら拡大されても、その機動力が失われなければ、これまでにない大きな力で前進することができるのです。この機動力を支えるものは、誰でもない、みなさん一人ひとりです。みなさんには、ここで会社の置かれた現在の立場をよく見極め、一人ひとりが始動するために必要なエネルギーになっていただきたいのです。

1970年/創立24年 部課長会同 井深さん(62歳)
柔軟性こそソニーの神髄
確かな見通しをもってスタートしたものであっても、めまぐるしい市場の変化で売れたり売れなかったりするものです。そういうときに、もう少し臨機応変に処置をして、適当なものをだせるようなフレキシビリティをもてないでしょうか。
損害を伴わない計画変更はどうしたらできるかを本気になって考えていただきたいと思います。従来の考え方あるいは決まりにとらわれずに、新しい良いものをタイミングよく出していくことがどうしても必要です。
他のメーカーよりも一歩も二歩も進んだものをわれわれは持っています。しかしそれが商品になっていなければ何にもならない。そういうような面で、われわれはもう少し革命をおこしていかねばなりません。


1972年/創立26年 経営方針 盛田さん(51歳)
セクションを越えて力を合わせる
良い判断と緻密な頭脳は、ひとりやふたりのものでなくて、わが社全員、われわれソニーグループ全員の頭脳、判断が結集された時に出てくるものだと思うのであります。どんな困難がきましても、これに恐れずに当っていくという、いわゆるフロンティア・スピリットが、ソニースピリットであると思います。
みんなのひとりひとりの力を本当に結集して、勇気をもって、フロンティア・スピリットを持ってこの困難に当っていきたい。これがわが社の創業の精神だと思います。同じソニーの人間だということを考えて、事業部とか、各部だとか、各事業所とかいったような、セクションを越えて力を合わせるようなことを考えていただきたいと思います。

1973年/創立27年 入社式 井深さん(65歳)
ソニーの中に自分の存在に意義を発見できるような、仕事に打ち込めるような気構え
私たちが一番必要なのは、参画意識です。その中に自分が入り、その中の一員となって、全体として動いていくのであります。
私自身、ソニーが永久に続いていくこと、栄えていくことをいつも心がけています。そのためには何をしたらいいか、つねに自省しているのです。それと同じように、皆さんもソニーの中に入って、いったい自分は何をしたらいいのか、何だったらできるのかという態度で、ソニーの生活を送ってもらいたいと思います。
せっかくなんらかの縁があって、ソニーに属した限り、ソニーの中に自分の存在に意義を発見できるような、仕事に打ち込めるような気構えをもってもらいたいと思います。もしも会社の仕事を、いやいやながらするのと、よしこの仕事を征服してやろう、この峠をのり越えて征服感を味わおうという気持ちで、仕事をするのとでは、くたびれかたも、気合いの入れ方も、その出来ばえも、まったく違うであろう。少なくともソニーは、そういう気構えをもった人を、正しく認めて、正しく評価してもらえる会社だと信じていい会社なのです。


1976年/創立30年 入社式 盛田さん(55歳)
もっと強い力を与えてほしい
皆さんも早く、われわれの仲間に育ってほしい。そして、もっと強い力を与えてほしい。すばらしい能力、才能、体力をもって、国際企業ソニーの強力な仲間になってくれることを期待しています。

1978年/創立32年 勲一等瑞宝章受章祝賀会 井深さん(70歳)
あらかじめ“ソニーらしい”というトーンがあってはならない
一番のソニーらしさとは、その場その場で最善と思うことに、どんどん変化し、対応していくことです。どんなフレキシビリティーを持つかということが、ソニーらしいと言えば、ソニーらしいのです。あらかじめ“ソニーらしい”というトーンがあってはならないと思います。
当事者の人柄や意見によってどんどん変っていく。
それがソニーが活き活きする一番根本のポイントです。
1979年/創立33年 技術交換会記念講演 盛田さん(58歳)
新しい知識を吸収する広い視野をもった人でなければ評価されない
スペシャリストである以上は、スペシャリストとしての本当の力を持たなくてはいけません。自分の専門分野においては、誰にも負けないだけの知識と展望を持っていてもらいたい。自分の担当分野では、自分が世界で一番知識もあり、将来の見通しも持っているという誇りをもってもらいたいのです。
専門分野で誰にも負けない知識を持つと同時に、少なくとも、われわれの働く分野で起きている関連することについては、新しい知識を吸収する広い視野をもった人でなければ評価されないと思います。

1981年/創立35年 部課長会同 盛田さん(60歳)
聞き手の関心をスキャンニング
相手を説得するには、コミュニケーションが必要です。コミュニケーションとは、聞く人の耳のチャンネルと、話す人のチャンネルが合っていなければなりません。話しの上手な人はサスガだなと思います。最初は支離減裂なことを話します。そうして聞き手の関心をスキャンニングします。
興味の範囲が判ってくると、そこに話を集中するのです。相手のチャンネルを自分で廻すわけにはいかないのですから、相手のチャンネルがどこに合っているかを発見し、そこに自分の発振周波数を合わせられる人が、コンビンシングパワーをもった人です。

1982年/創立36年 部課長会同 井深さん(74歳)
どんな悪天候になってもソニーは成長していってほしい
私は、どんな悪天候になってもソニーは成長していってほしいと思います。
自分の業務を見直し、本当に必要なことは何か、そのために自分は何をやったらいいのか。社員の皆様方、一人ひとりが、小さな場面で考え、それを実行していただく習慣をつけていただきたい。ただ単に、今までやってきたから今後もやっていくという態度からは、脱皮していただきたい。
新技術をかぎわけて、本当にソニーの本質の血となり、肉となるものを選び、これに集中するという態度で、今後も臨んでいって欲しいと思います。


1988年/創立42年 入社式 井深さん(80歳)
自分自身を築く
どんな職種であれ、その人自身のクリエイティビティは発揮することができる。自分のいい所を何とか仕事に生かして欲しいと思います。
自分の方向性をしっかり持って、社会人として自分自身を築くことは大切です。人生観や自分自身を築くことは人柄をつくることにつながります。難しいことを自分に課して、自分に打ち勝ってほしい。楽を追求していては、けっして自分をつくり上げることはできないのだから。


1989年/創立43年 創立記念インタビュー 井深さん(81歳
説得工学
プロジェクトを組むときに大切なことは二つ。キーマンを見つける。そしてその人がやる気になるよう説得する。それができれば、目的は半ば達成したようなものです。

1993年/創立47年 入社式 盛田さん(72歳)
一人ひとりがソニーだというつもりで
自分で選んだからには後悔しないよう、自分の幸せに対する責任をもってほしい。これからは一人ひとりがソニーだというつもりで、ソニーを立派にしていく仲間であってもらいたいと思います。

1981年/創立35年 創立記念式典 井深さん(73歳)
何とか、ひとつのベクトルに
ソニーを繁栄させるために、一人ひとりの心と心がとけあって、皆が力をあわせてやっていくことが大切です。何とか、ひとつのベクトルに、自分自身もあわせるのだという謙虚な気持ちと心構えが、全体の和をかもしだすのではないかと思います。
ソニーは、人と人がガッチリ手を握りあっている限りは、35年はおろか、50周年でも、70周年でも立派に、世界に存在意義のある会社になっていると思います。
「21世紀を見たい」
「21世紀にどう変容するか。本当のハイテクノロジーというものは、クリエイティブな分野がまだいくらでもある。その時代を自分の眼で確かめたかった」という記述が、盛田さんの語録をつづる書籍の中にあります。

ファウンダーの二人が見たいと願った21世紀。私たちは全身で体感できているでしょうか。
今回の記事を書くにあたり、創業当時の1950年代から2000年代までの週報やマネジメント向け社内レターの数々に目を通しました。2000年代に入社した私は、「ファウンダーがいた時代」と「そうでない現代」と、無意識にふたつにわけて考えていましたが、それは誤りでした。
途切れることなく流れているのは、創業時代から地続きの、好奇心に満ちたひとつのエネルギーです。
最後の写真は、32歳の盛田さんが、創立7年の会社をさらに前に進めるために欧米に飛び立つ姿に決めました。数か月の長い旅。仲間を信じて会社を任せ、挑戦を進める勇姿です。若き経営者の決断と行動力に、”自分ももっと頑張れる”と背中を押される思いがします。
ファウンダーたちが夢見た21世紀は、まだ完成していません。私たち一人ひとりが、未来を形作っている最中です。ソニーの旅は続きます。

本日より順次公開開始:「80th Anniversary – Sony Group History」
ソニーグループの創立以来80年のあゆみを紹介する「80th Anniversary – Sony Group History」の公開を、本日(5月7日)より順次開始しました。
80th Anniversary - Sony Group History | ソニーグループポータル

