【Ni】で遊ぶとは?――「ひとつの世界を深く味わう」遊び
「心理機能と遊びのかたち」シリーズ、第5回です。
前回は、Ne(外向的直観)を使った遊びについて考えました。
今回は、同じ直観機能でもNeとはかなり違う、「Ni(内向的直観)」です。
Niの心理機能をもつMBTI一覧
第1機能:INTJ・INFJ
第2機能:ENTJ・ENFJ
第3機能:ISTP・ISFP
第4機能:ESTP・ESFP
同じNiでも、その人にとっての位置によって、遊びの中で果たす役割は少しずつ違うのではないかと思います。
※この記事はユング心理学・MBTIの心理機能をもとにした私なりの仮説です。公式理論そのものではありません。
Niを使って遊ぶとは?
Niは、目の前にあるものの奥にある意味やつながりを捉え、一つのイメージや全体像へまとめていく機能です。
「これって、結局どういうことなんだろう?」
「この二つ、実は同じ構造なんじゃない?」
「この物語が描いているものって、もしかして……」
「なんとなく、こういうことな気がする」
最初から答えが言葉になっているとは限りません。
いろいろな情報を見たり、考えたりしているうちに、バラバラだったものが、ある瞬間に一つにつながる。
「ああ、そういうことか」と、全体が見える。
Niを使った遊びでは、この「見えてくる」過程そのものが楽しさになるのではないでしょうか。
Niの楽しさは、「奥にあるもの」が見えてくること
Niというと、
「未来を予測する」
「深く考える」
「洞察する」
といった、少し堅い説明になりがちな機能です。
でも、遊びとして考えると、Niはもっと自由です。
映画を見たあと、「この作品って、結局何を描いていたんだろう」と考える。
歴史を知って、「この時代の流れって、こういうことだったのか」と見えてくる。
旅行先で、その土地の建物や食べ物、歴史に触れているうちに、「この土地って、こういう世界なんだ」と一つのイメージができる。
一見関係のない二つのものについて、「これ、実は似てない?」と共通する構造を見つける。
Niにとって面白いのは、情報が増えることそのものではなく、情報の奥から一つの何かが浮かび上がってくることなのではないでしょうか。
つまりNiで遊ぶとは、
一つのテーマや世界に入り込み、その奥にある意味・つながり・全体像が見えてくることを楽しむこと。
なのだと思います。
Niが第1機能――夢中になる遊び【INTJ・INFJ】
Niが第1機能にあるINTJ・INFJにとって、一つのものについて考え続けることはとても自然です。
何かに引っかかる。
「これって何なんだろう」と考える。
関連するものを見る。
また考える。
しばらく別のことをしている間にも、どこかで考え続けている。
そして突然、「あ、分かったかも」とつながる。
すると、今度はその見えてきたものをもっと確かめたくなる。
引っかかる → 考える → つながる → 全体像が見える → さらに深く見る
この循環そのものが、第1Niにとって遊びになりやすいのではないでしょうか。
そのため第1Niの遊びは、外から見ると「遊んでいるように見えない」こともありそうです。
一つのテーマについて何時間も考える。
作品を見終わったあとも、その意味について考えている。
気になったことを調べて、自分なりの仮説を作る。
一つの世界観に長い間浸る。
本人にとっては、「考えなければならない」のではなく、「考えたいから考えている」。
そして、一つのものが深く理解できたときに大きな面白さを感じる。
たとえばこんな遊びがあるかも…
◯作品を深く考察する
映画、小説、漫画、ゲームなどを見て、「この人物はなぜこうしたんだろう」「この作品が描いているものは何だろう」と、その奥にあるテーマや構造を考える。
◯一つのテーマを長く掘り下げる
歴史、心理、哲学、科学、文化など、気になったテーマについて本を読んだり調べたりしながら、自分なりの全体像を作っていく。
◯世界観に浸る旅行や体験
ただ観光地を回るのではなく、その土地の歴史、文化、建築、物語などを知り、「この場所はこういう世界なんだ」と一つの世界として味わう。
第1Niの場合、「一つの世界に深く入り込み、今まで見えなかったものが見えてくること」そのものが、夢中になれる遊びなのではないでしょうか。
Niが第2機能――取り組む遊び【ENTJ・ENFJ】
Niが第2機能にあるENTJ・ENFJでは、Niは第1機能で生まれた関心や目的に対して、「この先どうなっていくのか」「結局どこへ向かいたいのか」という一本の方向を見つけるために活躍します。
いろいろな情報を集め続けるというより、
「この中で一番面白そうなのはこれ」
「最終的にはこうしたい」
「だったら、こういう流れでやってみよう」
と、一つの方向へまとめていく。
遊びでも、ただ体験するだけでなく、
テーマを決める。
完成形をイメージする。
一つのストーリーとして組み立てる。
といった楽しみ方が出てきそうです。
第1Niが「見えてくるまで考え続ける」のだとすれば、
第2Niは、見えてきたイメージを使って、遊びそのものに方向性を与える
ような使い方なのかもしれません。
たとえばこんな遊びがあるかも…
◯テーマのある旅行やイベントを企画する
「古い日本を味わう旅」「建築を巡る一日」など、一つのテーマを決めて、その世界を体験できるように全体を組み立てていく。
◯完成イメージを持って創作する
文章、写真、動画、インテリア、料理などで、「こういう雰囲気にしたい」というイメージを持ち、それに向かって形を整えていく。
◯ゲームや趣味で長期的な作戦を考える
目の前の一手だけでなく、「最終的にこうしたい」と先を見ながら、そこへ向かう流れを考える。
第2Niにとっての遊びは、「こういうものにしたい」という一つのイメージを持ち、そこへ向かって遊びを組み立てていくことになりやすいのではないでしょうか。
Niが第3機能――満たされる遊び【ISTP・ISFP】
Niが第3機能にあるISTP・ISFPでは、Niはもっと、「体験したものの奥にある意味を、あとからじっくり味わう」ような役割になるのではないでしょうか。
普段は、自分の判断や感覚を大切にしながら、目の前の現実と関わりやすい。
そんな人が、ときどき、
景色を眺めながらぼんやり考える。
映画を見終わったあと、余韻に浸る。
作品や写真から、自分なりの意味を感じ取る。
「これからこうなったらいいな」と未来を思い描く。
そうやって、目の前にあるものから少し離れて、その奥にあるものを味わう。必ずしも、それをきちんと言葉にする必要はありません。
「なんとなく、この感じが好き」
「この作品、ずっと残るな」
「うまく説明できないけど、何か分かる」
そんな、言葉になる前のイメージや意味を、自分の中で静かに味わうことが、第3Niの満足につながるのかもしれません。
たとえばこんな遊びがあるかも…
◯余韻の残る映画や作品を楽しむ
見終わった瞬間に次へ行くのではなく、その世界観やメッセージをしばらく自分の中に残して味わう。
◯景色やアートを眺めながら、ぼんやり想像する
夕焼け、写真、絵、建築などから、自分なりの物語や意味を感じ取る。正解を出す必要はありません。
◯理想の暮らしや未来を思い描く
「こんな場所に住んだらいいな」「いつかこんなことをしてみたい」と、自分にとって心地よい未来のイメージを楽しむ。
第3Niの「満たされる遊び」は、現実の奥にある意味やイメージを、静かに自分の中で味わう遊びなのかもしれません。
Niが第4機能――休む遊び【ESTP・ESFP】
Niが第4機能にあるESTP・ESFPでは、Niはさらに違った役割を持ちます。
第1機能のSeは、
目の前にあるものを見る。
面白そうなものへ反応する。
実際にやってみる。
次に起こったことへまた反応する。
と、現実とのやり取りを続けます。
これはとても自然なことです。
でも、ずっと外の刺激に反応し続けていると、
「次に何をするか」から離れにくくなることもあるかもしれません。
そんなとき、低負荷なNiの遊びは、目の前の刺激から少し離れて、一つの世界へ意識を預ける時間になるのではないでしょうか。
何かを深く分析しなくてもいい。
正しい未来予測をしなくてもいい。
難しい哲学を考えなくてもいい。
ただ、
物語の世界に浸る。
景色を見ながらぼんやりする。
「この先どうなるかな」と想像する。
一つのテーマのある空間に身を置く。
すると、目の前で次々と起こることへ反応し続けなくていい。
第4Niにとっては、そんな「一つのイメージへ意識を預けること」が休息になるのかもしれません。
たとえばこんな遊び(リフレッシュ)があるかも…
◯映画や物語の世界にそのまま浸る
細かく分析するのではなく、一つの物語に意識を預けて、現実の刺激から少し離れる。
◯景色を眺めながらぼんやりする
夕日、海、夜景などを見ながら、何かをするでもなく、ただ頭の中に浮かんでくるものに任せる。
◯「いつかこんなことしたいな」と未来をぼんやり想像する
具体的な計画を立てる必要はありません。「こんな暮らしもいいな」と一つの未来を思い描くだけでもいい。
☆ただし、第4機能なので、複雑な情報から一つの意味を読み取る。長時間抽象的なテーマを考え続ける。先の展開を正確に予測する。といった、「Niを上手に使わなければならない遊び」は、むしろ疲れる可能性があります。
大切なのは、深く考えることではなく、一つのイメージや世界に意識を預けること。
第4Niにとっての「休む遊び」は、次々と変化する現実から少し離れ、一つの世界をぼんやり眺める遊びになるのかもしれません。
同じNiでも、「楽しい」の意味は違う
ここまでをまとめると、同じNiを使った遊びでも、その位置によってこんな違いがありそうです。

たとえば、同じ「映画を見る」でも、
第1Ni
作品を見ながら、伏線やテーマ、人物の行動などがつながって、「この作品は結局何を描いているんだろう」と考えることが楽しい。
第2Ni
物語の展開を見ながら、「最終的にここへ向かうのでは?」と、全体の流れや着地点を捉えながら楽しむ。
第3Ni
見終わったあとも世界観や場面が心に残り、その余韻や自分なりの意味を味わうことが満足につながる。
第4Ni
現実で次々と起こることへの反応から離れて、一つの物語の世界にぼんやり身を預けることが休息になる。
やっていることは同じでも、
その遊びが自分の中で果たしている役割は違う。
Niでも、第1回で考えた4つの「遊びのかたち」が、それぞれ違った形で現れるのかもしれません。
Niで遊ぶ――ひとつの世界の「奥」へ行く
Niというと、
「未来予測」
「洞察力」
「本質を見る」
といった、少し能力的な説明になりがちな機能です。
でも、遊びとして考えるなら、Niはもっと素朴なものなのかもしれません。
一つの作品が気になる。
一つの場所が気になる。
一つの問いが気になる。
そこにしばらく留まってみる。
考える。
眺める。
味わう。
すると、最初には見えていなかったものが、少しずつ見えてくる。
バラバラだったものがつながる。
「なんとなく好きだった」が、「だから好きだったのか」に変わる。
Niは、一つのものに長く意識を向けることで、その奥にある世界を見つけて遊ぶ機能なのではないでしょうか。
Neが、「ここから、どこへでも行ける」ことを楽しむなら、
Niは、「ここには、どこまで深い世界があるんだろう」と潜っていく。
そしてNiがどこにあるかによって、
それが夢中になる遊びになる人もいれば、
取り組む遊びになる人も、
自分を満たす遊びになる人も、
自分を休ませる遊びになる人もいる。
「何をして遊ぶか」だけではなく、
「その遊びの中で、自分はどこまで深く潜っているんだろう?」
と考えてみると、自分にとってのNiの遊び方が少し見えてくるかもしれません。
次回は、知覚機能から判断機能へ。
Fe(外向的感情)の遊びについて考えてみます。
