【読書記録 -165】『よい対立とは何か』ハーバード・ビジネス・レビュー 2026年1月号
和を以て貴しと為す
これは、 聖徳太子が作った日本で最初の法律『十七条憲法』の第一条に書かれている言葉だ。
多くの日本人は、これを「みんなで仲良くし、怒ったり争ったりしないこと」だと理解している。それは間違いじゃない。
間違いじゃないけれど、その「和」には「みんなが正しい道を進むために、意見が違ってもよく話し合って決めること」という意味も含まれている。
ハーバード・ビジネス・レビューはアメリカの雑誌だ。
本号の特集「良い対立」は、英語で言うと「Good Conflict」。この場合のConflictは「敵対」ではなく「意見の不一致」と読み替える方がいいだろう。

日本人は「対立(Conflict)」を避けがちな民族だ。
だけど、ここは一旦ネガティブなイメージを捨てて、それを「異なる立場の人が率直に考えを述べ、その違いを組織の学習や意思決定につなげていく」ために、ボクたちはどうすればよいかを考えてみよう。
本号では、この問いをさまざまな角度から掘り下げている。
・ピクサーの創造性を支える議論の仕組み
・意見の違いを建設的に扱う会話術
・「対立的知性(Conflict Intelligence)」という新しいリーダーシップ
・心理的安全性の誤解
・よい議論を生み出す組織設計
そう、いずれの論考にも共通しているのは「対立をなくす」ことではなく「対立を学習へ変える」ことなのである。
エド・キャットムル
アイデアと人格を切り離す
問い:創造性の高い組織は、なぜ率直な議論ができるのか。
結論:批判の対象を「人」ではなく「問題」に限定しているからである。
ピクサー共同創業者のエド・キャットムルは、組織の創造性を高めるためには、本音で議論できる環境が欠かせないと語る。
その象徴が「ブレイントラスト」という会議だ。
この会議では、冒頭10〜15分間、上層部は発言しない。
経営者が最初に意見を述べると、参加者は無意識のうちにその意見へ引き寄せられてしまう。だからまず現場が率直な意見を出し、その後で議論を深めていくのである。
さらにピクサーでは、アイデアを個人の所有物とは考えない。だから、仮に誰かの案が否定されたとしても、それは本人が否定されたということではなく、より良い作品をつくるための「問題解決」の一過程として扱われるのだ。
キャットムルは「失敗」という言葉を使わず、「まだ問題を解決していない」という表現をするという。表現を変えることで、試行錯誤そのものを前向きなプロセスへ変えているのである。
ジュリア・A・ミンソン
良い議論は「聞く技術」から始まる
問い:意見が異なる相手と、建設的な議論を行うにはどうすればよいのか。
結論:相手を論破することではなく、「受け止めている」と伝えることである。
ミンソンらは、建設的な対話を実現するための「受容的言語行動(Conversational Receptiveness)」を提唱している。
人は「相手を尊重しよう」と思っていても、その意思がなかなか言葉として伝わらない。アメリカ人でさえそうなら、況や日本人においてをだ。
そこで著者らは、相手を尊重するための具体的な話し方を以下のように紹介している。
・相手の考えを詳しく知りたいと伝える
・相手の話を言い換えて確認する
・共通の目的を確認する
・「私の考えでは」と断定を避ける
・自分自身の経験として語る
重要なのは、自分が相手を尊重していると思うことではなく、相手が「尊重された」と感じる言葉を使うことなのだ。
ピーター・T・コールマン
リーダーに必要なのは「対立的知性」
問い:不確実性の高い時代に、リーダーにはどんな能力が求められるのか。結論:対立を避ける力ではなく、対立を成果へ変える力である。
コロンビア大学のピーター・T・コールマンは、新しいリーダーシップとして「Conflict Intelligence(対立的知性:CI)」という概念を提唱している。
CIとは、異なる価値観を理解し、その違いを組織の学習やイノベーションへ転換する能力のことを指す。
本論文では、そのための七つの原則が紹介されている。
それぞれの詳細が気になる方は、バックナンバーを買い求めてご確認いただきたい。
1. 土台を作る
2. ラポールを育む
3. 規律と創造のバランスを取る
4. 適応力を駆使する
5. 広い範囲に目を向ける
6. 世代を超えた和平を目指す
7. あらゆる機会を活用する
エイミー・C・エドモンドソン
心理的安全性とは「議論しやすさ」である
問い:心理的安全性が高い組織とは、どんな組織なのか。
結論:仲が良い組織ではなく、率直な議論ができる組織である。
本特集のメインは、エイミー・C・エドモンドソンの論考だ。彼女の著書『恐れのない組織』はボクも読んでいる。
その著書の中で、彼女は心理的安全性の高い組織について、「高い業績基準を持ち、率直に意見を戦わせることがあたりまえの職場」であると説明していた。
今回の論考でも、そのスタンスは変わっていない。
むしろ彼女は、一般に広まってしまっている「心理的安全性」に対する誤解を、本稿で一つひとつ修正している。
・心理的安全性とは、誰とでも仲良くすることではない
・自分の意見を押し通すことではない
・雇用を保証する制度ではない
・パフォーマンスを犠牲にする考え方ではない
彼女は本稿で、改めて「心理的安全性が担保された職場とは、不快な真実であっても率直に話し合える環境」であると定義している。
そして、その質を測るための視点として、以下の3つの観点を示している。
・発言と傾聴のバランス
・主張と質問のバランス
・学習が進んでいるか
心理的安全性とは、組織が学習し続けるための土台なのだ。
この特集から読み解くべきこと
ここまで紹介した論考を並べて眺めてみると、「組織は、意見の不一致によって成長する」という一つのメッセージへ収束していることがわかる。
キャットムルは、最高を目指すためには、反対意見を歓迎する文化づくりが大事だと言った。ミンソンは、賢く意見を戦わせるためには、言葉遣いを選ぶことが重要だと説いた。また、コールマンは、対立を学習へ変えるための知性の重要性を示した。
そして、エドモンドソンは、心理的安全性にレバレッジを効かすには、健全な対立と学習を促すことの重要性を改めて定義した。
本特集が語っているのは、すべて「対立をなくす方法」ではなく、意見の不一致を、組織の学習へ変える方法なのである。
ボクの考察
Amazonにはリーダーシップ・プリンシプルという行動指針があるそうだ。
その中に「Have Backbone; Disagree and Commit」という項目がある。それは「信念を持って異議を唱えよ。そして決まったら全力でコミットせよ。」という意味だ。
この「Disagree」とは「異議を唱える」こと。言い換えると「私はあなたとは異なる意見を持っている」ということを表明することだろう。
誰かと異なる意見を持っていることが、その人への協力を拒否するということではない。むしろ、組織が強くなるためにはその両方が必要だ。
そう考えると、本特集は「対立のすすめ」を書いた本ではない。
それは、意見の不一致を恐れず、学習へ変えていく組織のつくり方をまとめた一冊だったのだろう。
参考リンク
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2026年1月号
