【読書記録 -178】『強いチームをつくる』ハーバード・ビジネス・レビュー 2026年8月号
前提条件を定義すること
映画『マネーボール』をご存じだろうか。
『マネーボール』は、資金力のないプロ野球球団オークランド・アスレチックスのGM ―ブラッド・ピット演じるビリー・ビーンが、統計データ(セイバーメトリクス)を用いた独自の経営戦略「マネーボール理論」で金満球団に立ち向かった、実話を基にした逆転劇を描く物語だ。
MLBでは、潤沢な資金に物を言わせてスター選手を集めることが、リーグ戦を勝ち進んでいくための定石と考えられていた。
しかし、ビリー・ビーンがやったのは、スター選手を集めることではなく「優秀な選手とは誰なのか」を定義し直した。彼は、それまでとは違う尺度で選手を評価し、球団で埋もれた存在となっている戦力を発掘し、低予算でチームを改革しようとしたのだ。
ハーバード・ビジネス・レビュー 2026年8月号の特集タイトルは『強いチームをつくる』だ。

本特集では、チームの学習、メンバーの成長、ファシリテーション、個人の挑戦と組織の成長など、さまざまな角度から「強いチーム」について考察している。
だが、ビリーがやったように、まずは「強いチームとは何か」から定義するのが良さそうだ。それは、強いチームをつくるということが「優秀な人を集めれば終わり」という単純なお話ではなさそうだからだ。
だが「強いチームとは何か」を定義することは難しい…
スター選手を集めれば勝てるのか
スター選手をたくさん集めればチームが強くなるとは限らない、という研究がある。それは、ロデリック・スワーブらが発表した「才能過剰効果(Too-Much-Talent Effect)」と呼ばれる研究だ。
この研究においては、(サッカーやバスケットボールのように、メンバー同士が協力しなければ成果を出せない競技では)トップクラスの選手が増えるほど成績が向上するのは一定のところまでで、それを超えるとチームの協調が損なわれる可能性が示された。
もちろん、スター選手が多いと弱くなるというわけではない(この研究については、その後の再検証で異なる結果も報告されている)けれど、それでも「チームの強さは、個人の能力の単純な足し算だけでは説明できない」ということはできそうだ。
これは会社でも同じではないだろうか。
高い専門性を持った人を採用したとしても、優秀なマネジャーを連れてきたとしても、それだけで強いチームが完成するわけではない。
では、何が必要なのだろう。
強いチームは学習する
本特集の中で、組織心理学者のロン・フリードマンは、強いチームについて興味深い指摘をしている。
変化の激しい環境において優位に立つのは、最良の計画を持つチームでも、最高の人材を持つチームでもない。最も速く学習するチームである。
チームは個人の集合体だ。
そうなると、今度は「チームが学習するってどういうことなんだ?」という新たな疑問が浮上することになる。
本を読むのだって、仕事をして経験を積むのだって「人=個人」じゃないか。「チーム」という実体が、本を読んだり、失敗したりするわけではない。そうなると「個人が学んだことを、どうやってチームの学びへ変えるのか」というところを掘るべきなんだろうか…
以前、AI時代に頭の良くなる人は「ループを閉じることを知っている人」だという記事を書いたことがある。
人は違和感を覚え、調べ、考え、仮説を立て、選択し、行動し、その結果を振り返る。その一連の循環(ループ)を何度も繰り返すことで、自分なりの判断基準や直感を育てていくものだ。
それを「人が強くなる」ことだと仮定するなら、チームが強くなるためには、組織でその循環(ループ)が回っていなければならないということになるだろう。
チームでループを閉じるとは
『マネーボール』のビリー・ビーンは、従来の常識にとらわれない考え方(セイバー・メトリクス)で、野球チームを再定義した。
彼は、それまでの「打率が高くて足が速い(そしてスター性がある)」という指標は見た目の華やかさを評価するものであって、良いチーム作りに貢献するものではないと考えた。
バッターは打席に立って相手投手が投げた球を打ち、一塁→二塁→三塁と回ってホームに戻る。
これを一つの「ループ」だと考えてみよう。
もちろん、ホームランを打てば一人でループを閉じることができる。だけど、ホームランはそう簡単には打てない。最高のホームランバッターでも年間のホームラン数は(打席数に対して)1割程度、まあまあ打てる人でも数パーセントだ。
一方、ヒットを打つ確率=打率はMLBの平均で2割4分だ。誰かがヒットを打って一塁に出れば、次のバッターのヒットで二塁や三塁へ進み、その次のバッターのヒットでホームに帰ってくることもできる。
だが、スリーアウトになればそこで終わりだ。
一塁や二塁、三塁にいたランナーは、ループを閉じることなく「残塁」する。
そうなると、チームの強さを見るためには2つの指標が必要になる。
ひとつは、一人ひとりがどれだけ塁に出ることができるか。
そしてもうひとつは、塁に出た人をどれだけ残塁させずにホームへ返せるか。
これが上手く機能すれば、得点が増えるのは当然、スリーアウトになるまでの時間が延び、バッターボックスに立つ人の数が増える…ということじゃないか。
結局「強いチーム」とは何か
では、これを「学習」に置き換えてみよう。
学習は、まず「なぜだろう?」という問いを持つことから始まる。それが「バッターボックスに立つ」ことだ。
問いについて調べたり、考えたり、実際に試してみたりする。そうやって何度かバットを振っているうちに「もしかすると、こういうことなんじゃないか」という気づきが生まれる。ヒットを打つ=「出塁」だ。
だけど、塁に出ただけでは学習のループは閉じていない。
そこに新しい情報が加わったり、誰かの経験を聞いたり、別の考え方とつながったりすることで、一塁から二塁へ、二塁から三塁へと理解が進んでいく。それは自力(=盗塁)で進塁してもいいし、誰かの助けを借りて(誰かのヒットによって)進塁してもいい。
そして最後に「ああ、そういうことか」と、最初に持った問いに対する自分なりの答えがつながる。
これがホームに帰るということだ。
もちろん、一人で考え、一人で調べ、一人で試しながら、一気に「ああ、そういうことか」までたどり着く人もいる。ホームランバッターだ。
だけど、誰でも簡単にホームランが打てるわけじゃない。ホームランを量産できる人はほんの一握りだ。だけど、ホームランを打てる人にばかり頼っていると、他のメンバーは自分で考え、自分で塁を進む機会を失ってしまうかもしれない。
学習するのは、あくまで個人だ。
誰かの代わりに問いを持つことはできないし、誰かの代わりに「ああ、そういうことか」と理解することもできない。だけど、自分の学びによって、周りの誰かを進塁させることができる。それはいつも一緒に仕事をしているチームメイトだからだ。
だとすれば、ロン・フリードマンがいう「最も速く学習するチーム」とは、やはりホームランバッターをたくさん集めたチームではないのだろう。
― みんなが各々の努力で塁に出て、みんなの協力で残塁を減らす ―
それが「強いチーム」なんじゃないだろうか。
参考リンク
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2026年8月号
