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選択式小説『まだ、名前で呼べない』第3話

今回の選択「B:沙織お薦めの公園に行ってみる」

第3話 公園でランチを

 

 今日もハルは昼休憩のお知らせが鳴っても、気づかずにマウスを忙しなく動かしていた。

「ハルちゃん」
「ハルちゃん、やっぱり没頭してるわね」

 頭上で聞こえた菫と沙織の声にハッとして、ハルは画面から視線を外して二人を見た。

「……え? あの?」
「お昼時間よ。ご飯食べに行こう?」
「え? もうそんな時間……」
「集中力がすごいわね」

 沙織が優しく訊ね、菫が少し呆れた口調で呟いた。

「あ、すみません」
「大丈夫よ。でも、少し休まなきゃね」
「いつまでも若くないからね」
「菫さん、世知辛いこと言わないで」
「事実よ」

 沙織と菫のやり取りを聞きながら、ハルは意を決したように。

「あのっ、今日は沙織さんが言ってた公園に行ってみたくて……」
「あら、公園に?」
「はい、誘ってくれたのに、すみませんが……」

 ハルの眉がハの字になりながら、それでも自分の要望を口にした。
 ハルの申し訳なさそうな顔を見た二人は、「そんな堅苦しく考えないの」と、優しく返す。

「そういえば、公園の場所は分かる? ちょっと分かりづらいから」
「それが、会社に来るまでに公園らしきものを探したんですけど、見つからなくて」
「公園は会社の裏にあるのよ、はい、これ」

 菫はハルに一枚の紙を差し出した。
「これは……」と、ハルはきょとんとした顔で菫を見る。

「今年の新入社員に方向オンチな子がいるって聞いて、念のため」
「!」
「あら、ハルちゃん、方向オンチなの?」
「……はい」

 ハルは顔を赤らめながら頷いた。
 沙織が「まあまあ」と驚いて、菫は「やっぱり」と呟いた。

「それじゃあ、しっかりそれ見て公園へ行ってね」
「ありがとうございます」

 ハルは菫にお礼を言うと、ランチバッグを持って出ていった。

「ハルちゃんは当たりね」
「本当に。いい子だし、面白いわ。じゃ、食堂に行きましょ」

 ***

 ハルは菫に渡されたメモをもとに、なんとか公園にたどり着いた。
 菫の言う通り、公園は会社の正面玄関を出た後、裏に続く細い通路を通ったところにあった。
「これじゃあ、分からないわけだ」とハルは呟いた。
 見つけづらいせいか、整備されている割には人気がなく、居心地が良さそうだった。
 すぐ近くにベンチを見つけ、そこに腰を下ろした。ランチバッグを開けて保冷剤を取り、その下のおにぎりとおかずの入ったタッパーを取り出して、膝の上に載せた。

 そのうちのおにぎりを一つ手に取り、ラップをはがしてく。海苔は直まきのため、水分を吸って柔らかくなっていた。
 混ぜご飯で作ったおにぎりにかじりつくと、塩気の効いたご飯が口に広がる。咀嚼しながら、保冷剤が効いているため冷たいな、と思う。

 一つ食べ終えた後、ハルは次のおにぎりに行く前に、一冊の文庫本を手に取った。
 一昨日から見始めたミステリー小説だった。昨日は疲れたのと、姉の電話で読めなかったので、続きを少しでも読もうと思って会社に持ってきた。そして、菫と沙織には悪いが、公園でおにぎりを食べながら続きを読もうと思ったのだ。

(えっと、どこまで読んだかな?)

 本についている紐の栞を引っ張り一昨日見たページを開いた後、数ページ戻った。
 ハルの癖で、途中から読むときは数ページ戻ってから読み直し、本の世界に浸るのだ。
 瞬く間に食事を忘れ、ページを捲るのが早くなっていく。
 そこに。

「松下さん?」

 落ち着いた低い声が一声だけで、なぜかハルを現実に引き戻した。

「……あ」

 本から、声がした方に視線を移すと、困惑した顔の蓮がいた。

「小宮さん?」
「松下さん、こんなところでどうしたんです?」
「えっ、あの。本の続きを見たくて、おにぎりを作ってここに来たんです。沙織さんに勧められて」
「そう、だったんですね」
「あっ、お二人と仲が悪いとかじゃ、全然ないです! お弁当なら公園で食べるのもいいよって沙織さんが教えてくれて。ここに来るのに迷わないよう、菫さんから地図をもらったんです」

 ハルは慌てて二人から疎外されているわけではないと、蓮に説明する。
 蓮もあの二人がそんな短絡的な行動を、ハルが配属した次の日にするとは思っていない。ふぅ、と軽く息を吐いて、ハルに落ち着くように促した。

「すみません。私、焦っちゃうといろいろ口走っちゃって」
「まあ、本来の性格もあるかもしれないですが……仕事を始めたばかりで慣れない環境というのもあるのでしょう」
「……はい」
「すぐに慣れるのは無理ですから、少しずつでいいと思います」

 蓮の静かで落ち着いた声に、ハルの心も次第に落ち着いていった。

「ところで、小宮さんはどうしてここに?」
「近くに吉野家があるんです。すぐに食べたいときは便利なので」
「あ、なるほど」

 社員食堂もいいが、たまには違うメニューが食べたくなるのだろう。
 しかも牛丼は、男性にとってもお腹に溜まり満腹感が得られやすい。
 ハルは一人で吉野家に行ったことはなかったが、そんなイメージを持っていた。

「それにしても、松下さんはまだご飯を食べ終わっていないようですが?」
「え? あ……本に夢中になってしまって」

 おにぎりを一つ食べただけで満足してしまい、気になっていた本に手が伸びてしまって、そのまま読み耽っていたのだった。
 昼休みも時間が限られているのに、つい一ページ、もう一ページと進んでしまった。
 ハルは残ったおにぎりとおかずのタッパーを見て、慌てて本を置いておにぎりを取った。

「また、ですか」
「……すみません」
「いえ、休み時間をどう使うかはそれぞれの自由ですが、きちんと食事は摂ってください」
「はい」

 責めている声ではないが、それでもつい本に没頭してしまったハルには、少し耳が痛い言葉だった。
 おにぎりのラップを外して、蓮がいるのにもかかわらず、おにぎりを食べ始める。
 慌てて食べて、頬張っている姿を見て、蓮は小動物を見ているような微笑ましい気持ちになった。

「そういえば、何を読んでいたんですか?」

 ハルの気を許した様子に、気づくと隣に座って問いかけていた。
 おにぎりを頬張ったハルはすぐに答えられず、数回咀嚼して飲み込んだ後にやっと口を開いた。

「栗本薫の『伊集院大介の冒険』です。探偵っぽくなくて面白いんですよね。犯人にたどり着くのも、自分が殺人犯なら……っていうのを考えて、犯人を捜すんです」
「ああ、読んだことがあります。でも、栗本先生の本なら、『グイン・サーガ』とかの方が好まれそうですが」
「ちょっと巻数が長いんですよね。読んでみたいですけど」

 ハルはそう答えると、またおにぎりを口に運んだ。
 それにしても、なかなか渋い好みだと、蓮は思う。『伊集院大介シリーズ』はかなり古いものだ。
 座ってしまったせいで、何か話をしなければと思ったのに、ハルの食事を見ているだけで微笑ましい気持ちになるし、無言でいても苦痛ではなかった。

「そういえば、小宮さん、甘いのは好きですか?」
「……嫌いではありませんが」
「一人で食べるのなんですので……この卵焼き、甘いのなんですが、どうでしょう?」

 ハルはそう言って小さなタッパーを蓮の前に差し出した。
 中には厚焼き玉子と唐揚げが入っていて、食べやすいようにピックが刺さっていた。
 ここで要らないというのは簡単だけれど、蓮はなぜか「では一つ」と言って、卵焼きが刺さったピックを取った。口に入れると、優しい甘さが広がる。

「……あまり甘くなくて美味しいですね」
「良かった。お姉―—姉に教わった自信作なんです」
「お姉さんがいらっしゃるんですか?」
「はい。料理が好きな姉で、私にもいろいろ教えてくれて、おかげで私でも料理ができるようになったんです。良かったら唐揚げもどうでか?」

 そう言うと、またおにぎりを食べ始める。
 蓮は何もしないのも――と思い、唐揚げも一つ頂き、口に入れた。少し胡椒が効いたスパイシーな味の唐揚げだった。
 食べ終えた後。

「ごちそうさまです。唐揚げも美味しいですね」
「ありがとうございます」

 美味しいと言われ、ハルの口角が自然と上がった。
 それを見て、蓮は分かりやすいな、と感じる。逆に、裏表がなく、気兼ねしなくてもいいことにも気づいた。

「本、どんなものが好きですか?」
「ええと、いろいろ読みます。デザイン系の本は高いので、こういった本は古本屋か図書館で借りてるんです」
「確かに図書館は便利ですね」
「はいっ。色々な本があって、いつも迷うんですよね。小宮さんのお薦めはどんな本ですか?」
「そうですね――」

 気づくと二人で本の話に花が咲いていて、昼休みが終わったことに気づいたのは、十五分以上経った後だった。


次回の選択:就業時間に突入してしまった二人。どうする?

A:ハルが慌てて一人で会社へ戻る
B:蓮と一緒に戻る

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