選択式小説『まだ、名前で呼べない』第10話
第10話 夏限定水まんじゅう
ハルが勤める『ぬこ製菓』は、先代社長が大の猫好きだったことから名付けられた製菓会社だ。ネットで猫を「ぬこ」と呼ぶ表現を知り、「これだ」と気に入り、社名変更を決めたらしい。分かりやすくていいという理由で、古臭い社名はネタかと思われる社名に変わった。
そんな『ぬこ製菓』の広報グループに、この夏の新商品が届けられた。
「綺麗だし、可愛いですね!」
「そうね、色が綺麗だし小さくて可愛いわね」
ハルが真っ先にそう言った。周りも同じような意見だった。
沙織がサンプルを手に取り、「これは?」と尋ねた。
「この夏限定の水まんじゅうです」
この夏の新商品のラインナップは和菓子の水まんじゅうに決まった。
そのサンプルが広報に届き、会議室のテーブルをみんなで囲んでいた。
「味は何種類あるんですか?」
「通常の餡に加えて、抹茶、イチゴ、オレンジです。皮を厚めにし、丸くしたようです。…………購入者に可愛く見てもらえるように、でしょう」
蓮が少しだけ言いにくそうに説明した。
「では、これをどういった方向で売り出すか、ですが……思い浮かんだ意見でいいです。率直に言ってください」
「綺麗で可愛いんですけど、……なんか、スライムみたいですね」
ハルは首を傾げながらつぶやく。
「スライムみたい」という言葉に、グループ内で笑い声が漏れる。
蓮でさえ「確かに……」と思わずぼやいたくらいだ。
「松下さん、これ、食べ物ですよ。スライムはちょっと……」
吉川が笑いを堪えながら指摘すると、ハルは「そうでした。すみません」と素直に謝罪する。
「それにしても、これにも『ぬこマーク』入れるの?」
「そうみたいです。企画部からのパッケージ案がこれです」
そう言って差し出された企画書を見ると、お馴染みの『ぬこマーク』が左上にあった。
「この『ぬこマーク』可愛くていいんだけど、時々デザインの邪魔なんですよね」
「確かに、その通りですね」
少し渋い顔で言う吉川に、沙織が賛同する。
ゆるキャラ『ぬこ』のせいで、デザインが制限されてしまうところもある。
けれど、それはいつものこと。
「仕方ありません。それを踏まえて宣伝するのが広報グループの仕事です」
「そうねぇ」
「確かに」
もっとも、『ぬこマーク』の配置に頭を悩ませているのは、企画部も同じである。
「それでは、各担当で提案書をまとめてください」
蓮のその言葉に、みんな頷き、それぞれの担当に分かれて動き始めた。
吉川はデザイン案をまとめ始め、沙織は企画部との調整へ向かう。ハルも蓮から指示を受け、SNS用の文章や撮影用の小物の確認に取りかかった。
***
ハルは初めて最初から関われる仕事に、自然と胸が弾んでいた。
ただ、ハルはどこから手を付けようか迷っていた。
水まんじゅうを何度か向きを変え、あちこちの角度から眺める。
「小宮さん、あの……一度スケッチしてもいいですか? 絵にすることでどうすれば良く見えるか考えたいので」
「写真はどうですか?」
「写真だと見たままになってしまうんです。描いてみると、『どこを見せたいか』が整理できるので……」
「……分かりました」
蓮がそう言うと、ハルはすぐさまスケッチブックをバッグから取り出した。小ぶりのスケッチブックは、文庫本と一緒にいつもバッグへ入れている、ハルの常備品だった。
「松下さん、そのスケッチブックはどこから?」
「え? やだ、小宮さん、バッグから出したの見てたじゃないですか」
「いえ、確かにその通りなんですが……」
普通のOLのバッグには、スケッチブックが入っているなんて思わないだろう。
蓮は少し驚いた表情をした。
「どうしたんですか?」
「いえ、よく使うんですか?」
「考え事をするときは、昔から描いてしまうんです」
そうするとしっかり覚えられるのだと、ハルは照れ臭そうに笑った。
蓮も「なるほど」と小さく呟きながら頷いた。
ついでに色鉛筆も出して、ハルは熱心にスケッチを始めた。サッサッと色鉛筆がスケッチブックにこすれる音がかすかに響く。
やがてページをめくる音が小さく響き、再び色鉛筆が紙の上を滑り始める。
蓮はしばらく放っておこうと思い、自分のデスクに戻り、再度企画書に目を通した。
企画書を一通り読み終えた蓮は、ふとハルの方へ視線を向けた。
思いのほか集中しているな、と蓮は小さく息をついた。
とはいえ、集中しすぎている。休みを入れた方がいいだろう。
蓮は立ち上がってハルのもとへ行って声をかけた。
案の定というか、返事はない。スケッチに集中している。
そっと覗き込むと、柔らかな色合いで、水まんじゅうの丸みが引き立つスケッチが広がっていた。写真とは違う温かみがあった。
(写真も悪くない。でも、これはこれで伝わるものがある)
ハルのスケッチが思いのほかいい味を出していて、企画の見せ方として、一つの選択肢になるかもしれない。
「松下さん」
声をかけても返事がないのは、織り込み済みだ。
蓮は少し失礼かなと思いながらも、気付くように肩へ手を置き、「松下さん」ともう一度声をかけた。
「ひゃっ! ……こ、小宮さん?」
「すみません、失礼かと思いましたが、声をかけても気づかなかったので」
「いえ、集中すると周りが見えなくなるって、昔からよく言われるので……すみません」
「それではお互いさまで。それで、そのスケッチを見てもいいですか?」
「あ、はい」
ハルはどうぞ、と差し出した。
蓮はハルからスケッチブックを受け取り、ゆっくり紙を捲っていく。
ハルは少しばかりドキドキしていた。大学では友人と見せ合ったり、課題で先生に何度も見られたけれど、蓮に見られるのは初めてだ。
蓮はページをもう一枚めくり、しばらく黙って見つめていた。
「いいですね。写真にはない温かみがあります」
「あ、ありがとうございます」
「これ、少し借りてもいいですか?」
「え?」
何に使うのだろう、とハルは首を傾げた。
「すみません、少し席を外します」
「は、はい」
蓮はスケッチブックをもって部屋を出ていってしまった。
その背中を見送りながら、ハルは首を傾げた。
(褒めてもらえたのは嬉しかったけれど、何に使うつもりなんだろう?)
***
蓮は広報グループの部屋を出て、企画部へ向かった。
部屋の中に入って、部長の高田に声をかけた。
「高田さん、ちょっといいですか?」
「おう、なんだ、小宮」
大柄な高田は、見た目と同じで豪快な性格だ。
蓮とは正反対のように思えるが、意外と気が合っていた。
「実は、少し見ていただきたいものがあります」
蓮はそう言って、ハルのスケッチブックを差し出した。
「これは?」
「松下さんが、商品の見せ方を考えるために描いたスケッチです」
「……なるほど。なかなかいい味を出しているな」
「はい。こういうのもいいかと思いまして、相談に」
「なーるほどなぁ。お前がそういうのも分かるな」
高田はそう言って、ハルのスケッチブックを丁寧に捲った。
------------------------------------------------------------------
今回の選択は…ハルのスケッチが意外に好評?今回の新商品案内に使ってみる?
A. 発売前のSNS告知に採用する。
B. 今回は写真を採用し、イラストは見送る。
コメント欄で「A」または「B」を書いて投票してください。
投票は7月15日の水曜21:00まで。
「A」or「B」だけでもOKですが、感想頂ければ喜びます(ΦωΦ)

