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選択式小説『まだ、名前で呼べない』第17話

第17話 二人の思い


「私……それでも、本を読むのをやめたくはないです」

 桜庭とのやりとりを思い浮かべながら、自分が悪かったと思えた。けれど、それでも本はいつもハルの傍にあり、大事なものだった。
 それを無くすのは、辛いことだと改めて思った。

「そうですね。やめる必要はないと思います」
「小宮さん?」
「ですが、もし誰かと付き合うときは――少しだけ、その人に寄り添って考えればいいかと思います」
「寄り添う?」

 蓮の言葉に、ハルは桜庭の時はどうだったかと考える。
 どちらかというと、彼の場合は、デートの時以外も、急に割り込んできて慌てて本から目を離して合わせていた。そして、反応が遅いと不機嫌になった。

「桜庭君の時、寄り添えていなかったかもしれないです。急に割り込んできて一方的に話をされて……話が楽しいと思うときもありました。でも……中断された本が気になりはしました」
「自分のしていたことを急に中断させられたら、そう思うのも仕方ないです。でも、それ以外いは?」

 蓮は真面目な顔でハルの様子を窺った。
 今にも泣きそうな顔をしているのに、それでも自分の過去に向き合い、どうすれば良かったのかを考えている。

(素直なんだろうな……)

 蓮は自分にはないものを感じて、それ以上の追求をやめた。

「少し、考えてみるといいと思います。すぐに答えが出なくてもいいんじゃないですか?」
「……はい」

 納得し切れていない顔だったが、ハルはしっかりと頷いた。

 ***

 蓮は元気のないハルを送っていき、買い物を済ませ、夕食を作るまでの間、一休みすることにした。
 珍しくハーブティーに手を出し、独特の香りを楽しむ。
 そして、自分の言ったことを反芻していた。

『少し、考えてみるといいと思います。すぐに答えが出なくてもいいんじゃないですか?』

 人に言えるほど、人生豊かだったわけではない。
 どちらかというと人間関係――ひいては恋愛に関しては、誰かの相談に乗れるような立場ではなかったのに、放ってはおけなかった。

『蓮君って、何を考えているのか分からない』

 初めて付き合った人に言われた言葉。
 それからも、同じようなことを付き合うたびに言われた。
 過去を振り返ると、心に重りをつけられたかのような気持ちになり、鬱々としてくる。
けれど――

『小宮さんって、意外と顔に出るんですね』

 笑って言ったハルの言葉を思い出し、心の重りが急に消えた気がした。

(どうして……)

 自分の胸を押さえ、蓮はこの違いが何なのか、気になり始めた。
 今までの彼女たちと、ハルとの違いは――?
 以前の彼女たちとは、休日に会えばどこかへ出かけ、何かを話し、楽しい時間を過ごしていた。
 ハルの場合は、会社で毎日顔を合わせ、挨拶と業務の話しかしない。
 けれど、休みには図書館で会って隣り合って本を読む。このときに、互いに口を挟まないけれど、悪い空気ではない。
 そして、互いにお薦めの喫茶店を紹介し合う――それらは、蓮にとって淡々とした生活に彩りを加えていた。

(分からない。……けど、松下さんは俺の細かいところまで見てくれる。そして、俺は彼女との時間に居心地の良さを感じているんだ……)

 けれど、その思いに、蓮は名前をつけられなかった。

 ***

 ハルは蓮に送られて家に着いた後、ダイニングの椅子に座ってぼーっとしていた。
いや、頭の中ではいろいろ考えていた。

(私、何をしていたんだろう?)

 大学時代、付き合おうと言われて流されるまま付き合った。それが悪いことだったとは思っていない。だけど、慣れないハルは桜庭について行くので精一杯だった。
 ……自分の時間が欲しいと思ってしまった。

(でも、それは桜庭君が嫌がることだったんだ……でも、私は桜庭君のしていることを責めたことはないのに)

 彼は言ってしまえばお調子者で、ハルとデートの約束をしていても、友人との飲み会で潰れてしまって、彼のアパートで介抱することなどもあった。
「飲み過ぎには注意してね」とは言ったものの、デートを潰されて怒ったことはなかった。
 桜庭には桜庭の付き合いがある。
 それなら、自分にも自分の時間があっていい――ハルは、そんなふうに考えていた。

(どう違うんだろう?)

 そこまで考えて、ハルはもう五時を過ぎていることに気づき、夕食の支度を始めた。
 そこで、今日借りた料理の本に目がとまった。
『一汁一菜でよいという提案』という本を見て、蓮を思い出した。

(小宮さんは、私が本に夢中になっていても文句を言わないで、一緒に本を読んでくれる。それに、感想を言い合ったりして……)

 蓮とは不思議と馬が合うというか、一緒にいて苦痛ではない。本に夢中になっても嫌な顔をせず、自分で選んだ本を隣で読んでいる。
 時間になったら声をかける程度。
 それも、声だけだとハルが気づかないので、肩を軽くたたいて教えてくれる。
 ハルは蓮との間にある穏やかな時間が好きだった。

(……って、好き? あっ、ううん、そういう意味じゃなくて……)

 頭の中で必死に言い訳をしていると、スマホから着信音が流れた。
 慌ててバッグから取り出して見ると、画面には『お姉ちゃん』と表示されていた。
 なんだろう? と思いながら、通話をタップする。

「もしもし?」
『あ、ハル? 元気?』
「うん、元気だよ」
『そう? ちょっと声に元気がないみたいだけど』

姉の鋭さにハルは慌てて、「そんなことないよ。ちょっと疲れてはいるかな」と答えた。

『季節の変わり目だから、風邪には注意しなさいね』
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
『うん。それより、明日空いてる?』
「明日?」

 ハルは手帳を取り出し、確認した。

「えっと、スーパーに買い物に行くくらいかな? 冷凍ストック作りたいと思って」
『そうなんだ。それ手伝うから、明日ちょっと時間取れる?』
「別にいいけど」

 ハルがそう答えると、アキは『じゃあ――』と言葉を続けた。


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今回の選択は…
姉アキからの電話。その内容は?

A:「買い物に付き合って欲しいんだけど」と言われる
B:「少しは家に顔を出した方がいいよ。私も行くから」と言われる

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