短編小説『憂鬱な約束。』
休日の朝。目覚ましを止めて、しばらく天井を見つめる。
今日はデートの日――そう思った瞬間、胸が少し重くなった。
付き合い始めて、まだ一か月も経っていない。
きっかけは友人からの紹介だった。
何度か食事に行き、悪い人ではないと思ったし、一緒にいて居心地も悪くない。だから告白されたときも、断る理由は特になかった。
けれど。
好きかと聞かれたら、まだよくわからなかった。
会いたくてたまらないとか、連絡が来るだけで嬉しいとか、そういう気持ちはない。
だから休日のデートも、楽しみというより「約束しているから行くもの」という感覚だった。
ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
青空が広がっていた。
いい天気だな、と思う。
でもその感想のあとに続くのは、「今日は家でのんびりしていたかったな」そんな本音だった。
ソファに座ってスマホを開く。
彼から昨夜届いていたメッセージをもう一度見た。
『明日楽しみにしてる』
短い一文。
私は「私もです」と返していた。
嘘ではない。
でも、心からでもなかった。
時計を見る。
まだ時間はある。少しだけ横になろう。
そう思ったのに、気づけば三十分が過ぎていた。
慌てて起き上がる。
洗顔して、化粧を始める。
途中で面倒になった。今日は薄めでいいかな、なんて考えてしまう。
服を選ぶけど、どれでもいい気がしてくる。クローゼットの前で立ち尽くしながら、ため息が漏れた。
行きたくないわけじゃない。
でも、積極的に行きたいわけでもない。
そんな曖昧な気持ち。
いっそ今日は体調不良と言って断ろうかとか、一瞬だけ考える。
けれどすぐに首を振った。約束しているんだから。
しかも彼はいつも楽しそうにしてくれる。
そんな相手に嘘をついて断るほど、私は無責任ではなかった。
「……はあ」
小さく息を吐く。
鏡の前で髪を整える。
やばい。寝癖がある。ムースを付けて、速攻直した。
そして、バッグを持つ。
ようやく準備が終わった頃には、待ち合わせの時間が近づいていた。
ちょうどそのとき、スマホが震える。
『着いたよ』
短いメッセージ。
窓の外を見ると、見慣れ始めた車が停まっていた。
行かなきゃ、そう思いながら玄関を出る。
階段を降りる足取りは、正直軽くない。
面倒だな。
家に戻りたいな。
そんな気持ちがまだ少し残っていた。
車に近づくと、運転席のドアが開いた。
彼が降りてくる。私に気づいた瞬間、ぱっと表情が明るくなった。
「おはよう」
その声も、笑顔も、なんだか妙に嬉しそうだった。
「おはよう」
私が返すと、彼は少し目を細める。
「その服、似合うね」
自然に言われて、思わず瞬きをした。
散々迷った挙句、適当に選んだ服だったのに。
「そう?」
「うん。今日会えるの楽しみにしてたから」
彼は照れながら言う。
私は思わず視線をそらした。
その一言に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
彼は私と会うことを、本当に楽しみにしていたんだ。
私なんて、面倒だな、とか。
家で寝ていたいな、とか。
そんなことばかり考えていた。少しだけ恥ずかしくなった。
彼が助手席のドアを開いてくれる。
「どうぞ」
「ありがとう」
車に乗り込むと、彼がドアを閉めてくれる。
そのあと、彼も運転席に乗って、エンジンをかけた。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
隣を見ると、彼は機嫌よさそうにハンドルを握っていた。
それを見ているうちに、不思議と肩の力が抜けていく。
さっきまであれほど億劫だったのに。
今は少し違った。
来てよかったかもしれない。
―—ううん。
準備して、ちゃんと家を出てきてよかった。
信号待ちで彼がこちらを見る。
「どうした?」
「なんでもないよ」
私は小さく首を振った。
窓の外へ視線を向けながら、誰にも聞こえないくらいの声で心の中だけ呟く。
やっぱり、来てよかった。
そして車は、穏やかな休日の街へと走り出した。
