短編『一夜の恋の予感』
失恋した夜。
友達も呆れて帰ってしまって、ひとり取り残された。
仕方なく入ったバーで、声をかけてくれた人がいて――
瞼を閉じているのに明るさを感じ、ああ、朝なんだなと感じた。
けれど、体は重く頭もズキズキと脈打っている。
正直に、起きたくない。このまま寝ていたい。
だけど、なんでこんなにだるいし頭が痛いんだろう。
そういえば、寝ているところもベッドのようなふかふかさがない。硬い。
そこまで考えて、そういえば昨日は遅くまでバーで飲んでいたんだっけ、と思い出した。
お酒にあまり強くない私は、普段はあまり飲まないのだけれど。
でも、さすがに失恋でもすれば、ヤケ酒の一つや二つしてみたくなるもの。
最初は友達に愚痴を聞いてもらていたけど、あまりにぐちぐち言ったせいか、呆れられて夕食を食べ終わったら呆気なくバイバイされた。
薄情な友達だ。
今度彼女が失恋したら、同じことをし返してやる。
……で、憂さはまだ晴れなかったので、近くにあったバーに寄ったんだ。
一人でバーに入るのは初めてで、どうしたらいいのかとキョロキョロしていると、カウンターに座った男性が親切に声をかけてくれた。
「こっちにおいでよ」
「……えっと」
「あ、警戒してる? でもこういうところ初めてみたいだから」
「……うん」
よく見るとスーツを着込んだ彼はなかなか顔が整っていて、しかも私好みの顔だった。
やだ、失恋した私に、神様から新しい恋のチャンスをくれたのかしら?
そう思うと単純で、私は素直に彼の隣に座った。
「どんなお酒が好き?」
「あまり飲めないんだけど……できれば甘いのがいいな」
「そう。ここはマスターがオリジナルカクテルを作ってくれるんだ。君もどう?」
「じゃあ、それで」
メニューはあるものの、お酒の名前と味が一致するものがない。
なら、マスターが作ってくれるのに期待してみよう。
マスターは頷くと、シェーカーにお酒と果汁、氷を入れて、シャカシャカとリズミカルに振る。
しばらく振った後、ゆっくりとグラスに注いだ。
グラスの中身は、うっすら黄みがかった不透明な液体が入っている。
「どうぞ」
マスターが私の前にそっと差し出す。
「ありがとうございます」
カクテルグラスをそっと持ち上げ、口に付ける。
甘さよりさっぱりとした感じだ。少しだけ柑橘系の味もした。
「美味しい。甘さは控えめだけど、さっぱりとして飲みやすい……」
あまりお酒を飲まない私には、バーで男性と飲むなんて、なんか一気に大人の階段を駆け上った気分になった。
「そう、良かった」
隣の男性が笑う。
そうだ。そうやって私は何杯かカクテルを飲んで――
やけにだるい体、今寝ているところが固いと感じる。
も、もしかしてこれは……
いきずりのあの男性と一夜の恋というやつ?
そう思うと、かあっと頬に熱を持って、いつまでも寝ていないで確かめなければ――という思いに駆られた。
そして、体を少し動かして……
浮遊感、そして右肩、頭に痛みを感じた。
「いたい……」
どういうこと?
いまだに瞼はくっついたままだったのを無理やり開けると、そこは公園だった。
痛みは、ベンチから転げ落ちた時に肩から落ちたかららしい。
え? ちょ、私の一夜の恋は!?
帰り際、一緒にいた男性が心配そうに声をかける。
「らいじょーぶ、らいじょーぶぅ」
呂律の回らない口で、大丈夫と何度も繰り返し、男性の手を振り切って千鳥足で駅に向かったのを思い出した。
きっと、耐えきれずに公園に行って、ベンチで少し休もうと思ったのが寝てしまって――
「……っあああああああっ! あぶなっ! 今が九月で良かった! 変な人も出なくて良かったぁっ!!」
もしかして、私って結構運が強いのかな、と思いながら、何もなく朝を迎えられたことにほっとした。
でも、でも……
私の一夜の恋を返してええぇっ!!
初めて付き合った人との、初めての失恋。
そんな夜にバーで声をかけられて、少し物語みたいな展開に舞い上がってしまった——そんな女子大生の話でした。
