小説『怖い話に花は咲くのか』
実話です。また、プライバシー保護のため、設定を変えているところがあります。
いつもの友達と会って、おしゃべりに興じる。
話はいつの間にか、怖い話になっていた。
「……ということがあったんだ」
「怖っ!」
「そんなことあったの?」
「うん、作った話じゃないよ。今度はりくの番ね。りくの、まだ、聞いてない」
急に話を振られて、しばし考える。
怖いことかぁ。
みんなみたいにスピリチュアルな思考を持ってないからねぇ。まあ、スピリチュアル、イコール、ホラーじゃないのは分かってるけど。
自分の過去を振り返って、あ、と気づく。
「ああ、そういえば、私って一時、非常勤講師やってたじゃない? あの時ね――」
そうして、私は昔あった奇妙な出来事を話し出した。
***
講師――というと、教員免許を持っていそうに思われるけど、そうじゃない。
市内の小中学校を何校か担当して、パソコン教室を使う授業のときに説明をする。
教師だけでは手が足りないから、そういう役割の人間を一年契約の非常勤講師として採用していた。
私もその一人だった。そして、その中に母校もあった。
私が通っていた頃とかなり変わっていて、違和感を覚えつつも、教えてもらったパソコン教室へ向かう。
パソコン教室は通常の教室から少し離れていて、静かだ。
授業で使うときは賑やかになるけれど。
パソコン教室に入って、授業で使うクラスがないと、私は手持ち無沙汰になる。
そういった時間は、学校のサイトを作り直したり、こっそりネットサーフィンをさせてもらっていた。
時には、用務員のおじさんの愚痴を聞いたこともあった。
それでも、パソコン教室に来て授業を受けて、子どもたちと会話をしていると、仲良くなった子も出てくる。
休み時間に人気のないパソコン教室まで来てくれたこともある。
そうこうして、夏休みに入る前にそれは起こった。
昼休みに、しゃべるようになった子が二人で遊びに来た。
「せんせー、遊びに来たよ」
「ご飯もう食べた?」
「うん」
パソコン教室は教壇代わりにメインのパソコンが置いてある。
といっても、子どもたちが使うパソコンを直接コントロールするような機能はないけれど。
「せんせー、何してた?」
「ご飯食べて、お昼休みだよ。私も休み時間あるからね?」
「そうなんだ」
そんなやりとりをC菜ちゃんとしている中、A子ちゃんは外を見ていた。
「A子ちゃん?」
「ごめん、せんせー、なんか連れてきちゃったみたい」
「え?」
連れてきたって……何を?
私の戸惑いをよそに、A子ちゃんは続けて言う。
「勉強しているときからいたんだよね。で、ついて来ちゃった。今はそこのところから外を見てる」
「ちょ、やめてよ。怖いのは嫌だよ」
「外見てるだけだから大丈夫だって」
A子ちゃんは気軽に言った。
私は見えないけど、いると言われて安心できるほど神経は図太くないつもりなんだけどな……。
そんな風に思っていると……たまたまだった。入り口のところに、女性の先生が横切った。
奥の方にも入り口はあるけど、何か用があるなら、普通に近くの入り口を使うはずなのに。
「ねえ、今の、N先生だよね?」
「だよねぇ? どうしたのかな。行き止まりなのに」
「ちょっと見てくる」
C菜ちゃんが軽く言って、見に行った。
「なんだろうね?」
「分からない」
A子ちゃんと言っていると、C菜ちゃんが青い顔をして戻ってきた。
「……誰もいなかった」
C菜ちゃんの一言に、A子ちゃんと二人で言葉が出なかった。
ようやく「冗談やめて?」と言うと、「ホントにいなかったもん」と言う。
確かに、突き当たりの何もないところに何かしに来る人はいない。それに、奥の方の扉からN先生の姿を見ることはなかった。
もちろん、入り口の方に戻ってきたのも確認できていない。
「あのさ、気づいちゃったんだけど……ここの入り口、張り紙してるじゃん」
「うん」
「あの隙間から見たら……N先生、かなり小柄になっちゃうけど、N先生はそんなに小さくないよね?」
A子ちゃんがそう言うと、扉をまじまじと見つめてしまった。
確かに扉は上の方が硝子になってるけど、その真ん中に張り紙をしてある。隙間から見えるのは一メートルから一メートル二十センチくらいだろうか? でも見えたのは、口元から襟のあたりだった。
「いやいや、ありえないでしょ。だってあんなにはっきり見えたよ!?」
「そうだよ。A子ちゃんは霊感あるみたいだけど、あたしないもん」
C菜ちゃんと二人でアレは幽霊じゃないと主張する。
だって、よくある幽霊のように透けて見えるとかそういう感じはなくて、ちゃんと1人の人間のようだった。
「でも、N先生なら背が合わないよね」
「それは言わないで! と言うより、連れてきちゃったっていうのはどうなってるの?」
「窓際にいるから、さっきのと違うと思う」
……別におるんかい。
そうツッコみたかったけど、アレは幽霊じゃない――そう思いたくて、口をつぐんだ。
C菜ちゃんもそれ以上言わなかった。
そんなやりとりをしていると、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。
A子ちゃんとC菜ちゃんは慌てて戻っていく。
「まあ、窓から外見てるだけだから、大丈夫だから!」
A子ちゃんは不吉な言葉を残して行ってしまった。
***
一人になったパソコン教室で、なんとなく落ち着かない。
姿は見えないけど、いると言われて落ち着くほど図太くないつもりだ。
でも、私にはどうしようもなく、仕方なく忘れるようにビルダーを立ち上げて、学校のサイトを開く。
ビルダーは好きなようにページを作れるけど、その分ソースはごちゃごちゃになる。私は仮にもWEB制作の仕事がしたい身だ。このごちゃごちゃソースが気になって、不要なソースを削除していく。
そうこうしていると、右側の方がピリピリぞわぞわしてきた。
いや待て。窓は左側なのに、なんで右側がピリピリするの? そう思うけど、右半身の震えが止まらない。
いかん、集中集中。変なことは考えない。
というか、考えたら負けだ!
右腕がピリピリぞわぞわするのを我慢していると、いつの間にか放課後になった。
そういえば、午後は教室に子どもたちが来なかったな。来れば気が紛れたのに……。
「せんせー、大丈夫?」
明るい声で教室に入ってきたのは、A子ちゃんだった。
私の心労の元はやけに明るい。
「大丈夫というか……まだ、窓のところにいる? 途中で右側がすごく嫌な感じだったんだけど」
「……あれ? いないね。あ、廊下にいる」
「廊下?」
そうなると、窓のところにいると言っていたものは、私の前を通りつつ、私を覗き込んだりしていたのだろうか――などと考えてしまった。
とはいえ、今度は廊下か。部屋から出るときに鉢合わせじゃない。鍵を閉めなきゃならないのに、すぐ近くにいるかもしれないってこと!?
……もうやだ。
そういえば、この学校、古いから私がいたときもあそこに霊が出るとか話があったっけ。よくある学校の怪談というヤツだ。
「まあ、移動したからいいんじゃないかな?」
「廊下から離れて欲しい。もっと遠くに」
「でも付いてこないんだよね」
「じゃあ、なんで来るときは付いてきたの」
「知らない」
今の子はドライだ。というか、A子ちゃんは見慣れてるからだろうか。
C菜ちゃんは全く分からないらしく、気にしていない模様。
「鍵閉めて出るの、すごく嫌なんだけど」
「大丈夫だって」
「付いてきたりしない?」
「……保証はできない」
「そこは保証して!」
子ども相手に大人げないと言わないで欲しい。
霊というものは、怖い話を聞くくらいにとどめておいた方がいいのだから。
「まあ、部活に行かなきゃならないから、また来週ね」
「じゃあね、せんせー」
そう言って、A子ちゃんとC菜ちゃんは笑って無情にも去って行ってしまった。
一人パソコン教室に残って、再度学校のサイトを手直しして時間を稼ぐ。
その間も微妙に右側がピリピリする。これは、寒気というより、警戒心に近いと思う。
そうして、二十分くらいいただろうか。
今度は男性のS先生が入ってきた。
「どうですか?」
「今日はほとんど授業で使わなかったので、正直、暇でしたね」
心は穏やかじゃなかったけど。
そう思うけど、口にはせず、ちょっとした雑談に花を咲かせた。
喋っていると退勤時間になり、「あ、そろそろ終了なので」とS先生に言う。
「ああ、そういえばこの時間までだっけ? ご苦労様」
「いえいえ、今日なんてほぼお仕事してないですから」
「じゃあ、俺はこれで戻りますよ」
「はい、ありがとうございました」
S先生と軽く挨拶をした後、私はパソコンの電源を落とし、念のため子どもたちが使うパソコンの確認に回る。
一周回って、メインのパソコンに戻ったとき、あの嫌なピリピリ感はなくなっていた。
「S先生が連れてったのかな? それとも付いてった?」
思わず独り言が漏れる。
でも、実際、どっちだか分からない。私には見えないから。
見えなくて良かった……と思うものの、ピリピリと感じたあれもできればなかったことにしたい。
そう思いながら荷物をまとめて、校長室へ向かった。
****
「ということがあったんだ」
「ちょ、りく、それホント?」
「ホント。マジのマジ。見えないから分からないけど」
そう言って、ぬるくなったコーヒーに手をつけた。
ほろ苦さが口の中に広がって、現実に戻ってくる。
「いや、感じるだけってのも意外と怖いね」
「霊感あるんじゃない?」
「ないよ。見てないし」
「見たじゃん。あのN先生?」
「いや、あれは幽霊のような不確かな感じじゃなかったんだよ。実物の人間にしか見えない」
「でも違和感あったんでしょ?」
「……」
そう言われると何も言えない。
あれは本当にN先生だったのか。
私が感じたピリピリしたものがなんだったのか――見えない私には説明のしようがない。
「それにしても、りくも怖い話あったじゃん」
「んー……怖いというか、なんか嫌な感じ? とかはあるかな? 例えば――」
そう言って、また別の話を語り出す。
エアコンが思いっきり効いた部屋でしても涼しさ倍増なんてしないけど、そんな感じで『ちょっと怖い話』に花が咲いた。
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