小説『よしのさん』2話
地方企業の会社員、中村由乃28歳の何気ない日常を綴っていきます。
山も谷もないような、ゆるい日常です。
※本ページはアフィリエイトを含みます。
カルディでティーパックを買った後、伊藤さんと別れて駐車場に向かった。
ショッピングモールの中のお店もいいけど、土曜日はどこも賑やかで、一人で落ち着いて入るお店は少ない。
食料品は別の安いスーパーで買って、そこで夕食のお弁当も購入する。
それと、今日はお酒を飲みたい気分だったので、梅酒を手に取った。甘すぎるほどの梅酒が、私は好きなのだ。
いつもなら車の運転があるので飲まないけど、家で夕食だから一杯やろう。
無人レジで買い物かごに入れたものを、ピッピッと音を立てながら機械に読み込ませていく。
夕飯用のお弁当と梅酒、それから、明日作る常備菜の野菜とお肉。食べ飽きてしまうからがっつりと常備菜を作るわけではないけど、多少はあった方が平日手抜きができるのは便利。
すべてレジに読み込ませると、合計金額が表示される。
――高くなったなぁ。
少し前と比べると予想した額が、五百円くらい高くなっている。
少しずつ値上がりしているので、まとめるとこれくらい行って、お財布に確実にダメージを与えてくれる。
ふぅ、とため息をついた後、財布から千円札を三枚取り出して、レジに飲み込ませた。
エコバックにお弁当と食材を倒れないようバランスを考えながら入れていく。
そういえば、このエコバックももう三年以上使っている。かなりくたびれた感がしたけど、まだ使えると思うともったいなくて買い替える気にはなれない。
全部エコバックに入れると、小さく「よし」と呟いた。
あとは車で帰って、お弁当をレンジで温めて食べるだけだ。
***
アパートに戻ったのは、四時を過ぎたばかりだった。
夕食にするにはまだ時間があったので、先にシャワーを浴びることにした。
食材を小さな冷蔵庫になんとか入れ込み、お弁当と……あ、梅酒は冷やしておいた方が美味しいか――と思い直し、冷蔵庫の扉を再び開けた。
今日買った梅酒は『濃厚黒梅酒』。黒糖の梅の風味がいいし、ストレートでも飲める。金額は千円を超えるけど、その分量がある。お財布に優しいのだ。
その梅酒を楽しみに、着替えをもってバスルームに向かった。
熱めのシャワーを浴びると、少しだけのぼせた感じがするけど、芯からあったまったわけじゃない。ドライヤーをかけている間に、足元が少しだけ冷えた気がした。
髪の毛も乾かして整えて、ワンルームの部屋に戻ると時間は五時を回っていた。
少し早いけど、お酒を飲みながらだからと、梅酒を冷蔵庫から取り出してグラスに注いだ。一人暮らしを始めた時に買ったものだから、これも年季ものだった。使い慣れてるせいか、グラスを取ろうとすると、いつものこのグラスになってしまう。
梅酒にしては濃い、茶色の液体がグラスを満たしていく。
明日は日曜日。多少飲みすぎて二日酔いになっても問題ない。
――たまには後のことを気にせずに飲みたくなるのだ。
梅酒を呑みながらだとお弁当が冷えてしまうと思ったので、お弁当はそのままにして、つまみにと買ったビーフジャーキーの袋をカットしたものを手に、部屋のテーブルに置いた。
八畳一間のこの部屋が私の城だ。
ミニマリストに拘っているわけじゃないけど、意外と物が少ない部屋。
多分、それは私が片付けるのが面倒だから、物を増やしたくないからだろう。
今置いたテーブルも、食事兼パソコン台の二役で使っている。
隣に置いてあるノートパソコンを開いて、動画サイトをお気に入りから出すと、面白そうな動画を探す。
ドラマのネタバレという考察動画を見つけたのでそれをクリックした。
今金曜にやっているドラマのネタバレでも考察でもない、感想をまとめ動画だった。いろいろな人の意見が次から次へと出て、あのドラマ、あんな展開になるんだ――と思いながら、梅酒を口に運ぶ。
梅酒の香りと黒糖独特の味が、口の中に広がった。
「ん、美味しい。やっぱり梅酒はいいよねー」
思わず口からこぼれる。
一人なのに独り言……ちょっとヤバい? 一人暮らしをすると独り言が増えるって本当なんだ。
だって、昔は独り言なんて言わなかったもの。
子供のころは家族がいて、大学から一人暮らしを始めたけど、勉強に遊びに忙しくて独り言を言っている自覚なんてなかった。
今までに三人の人と付き合って、最後はアイツ――拓也だった。
最初は良かったのに――そう思いながら、梅酒をまた一口口に含んだ。
先ほどより、梅の香りの方がきつくなったのは気のせい……かな。
思考を振りはらおうとしても、一度思い出した拓也の記憶がするすると甦ってくる。
合コンで会って、話があったから次に会う約束をして、デートを重ねて、気づいたら体の関係になっていた。
『これって、付き合うってことでいい?』
ことが終わってから、聞いてみた。
拓也からは『いまさら聞くか?』と返ってきた。
告白があったわけじゃない。ただ気が合ったから付き合った。
でも。
そこに、相手を思う熱量はあった?
初めての恋と違って、四人目になったら、山も谷もない普通の、ただ気が合ったから会って、付き合って、恋人と言える段階まで行ったけど……。
いやいや、体の関係があったのだから、やっぱり『恋人』と定義してもおかしくはない。
おかしくはないのだけど……。
私じゃない、別の女性と腕を組んで歩いている記憶まで掘り起こされて、ムカッとした。
怒りのまま、梅酒をくいっと呷る。
口の中に梅と黒糖独特の味が広がる。
梅酒の甘ったるさが、過去の苦い記憶をかき消そうと頑張るけど、出始めた記憶はそれだけで終わってくれなかった。
拓也に『その人……誰?』と訊ねた時の、面倒くさそうな顔。
腕にくっついている子が、拓也にこれ見よがしに体を摺り寄せる。
『もしかして、二股してた?』
浮気、とは聞けなかった。
なんとなく、自分の方が浮気だと言われたくなかったのかもしれない。
『別にいいだろう。由乃は最近忙しいって、俺に会う気ない感じだったしな』
『それはっ、初めて一人で仕事を任されたって言ったでしょ?』
『そうだとしても、付き合ってるって言うなら、相手を優先するもんじゃねぇの?』
何よそれ、『仕事と私どっちが大事なの』――の、男性版? そもそも、拓也だってそんなにマメじゃなかったくせに。
あくまで私のせいにするっていうの?
怒りを通り越して、心が冷えていくのを感じた。
『馬鹿らしい限りね。女の「仕事と私どっちが大事なの」じゃあるまいし。あとひと月もすれば乗り越えるって、三ヶ月ほど忙しくなるって言っただけよ』
『そう言うけどさ。俺が久しぶりに夕飯でも食いに行ってやるかと思ってアパートまで行ったのに、いなければ何やってんだよって思うだろ』
『夕食を食べに行こうじゃなくて、食いに行ってやる? うちは食堂じゃないのよ。あなたの気分で勝手に来られたら迷惑だわ』
『ほら、そういうところ。来るなら連絡入れろとか、いちいち面倒くさいんだよな』
嫌そうな顔で言われて、こちらが口ごもっていると、拓也に張りついている子がくすくすと笑う。
『拓也クン、かわいそう。これじゃあ、好きかどうかなんてわからないわね。私だったらいやだわぁ』
毒を含んだ、甘ったるい声が響いた。
拓也がそれに同意する。
ああ、面倒くさい。
仕事で時間が取れない状態だってのに、やっとの休日で買い物に出た先で、こんなのに出くわすなんて。
『もういいわ。その子がいいなら、その子にすればいいでしょ』
『由乃?』
『浮気を相手の有責として正当化するような人なら、同じようなことがあれば、また繰り返すだけでしょう? 私はごめんだわ』
本音だった。
それに、拓也を取られたくないと思うほどの熱い気持ちもなかった。
拓也からだって『好き』という言葉ももらっていない。もともと、気が合って惰性で付き合っていただけだ。
『なんだよ、それ。浮気されて怒りもしないなんて、俺への気持ちが感じられないんだけど。……由乃って、冷たい女だな』
『あっそ、お好きにどうぞ。一人じゃいられない『オコサマ』の相手をするほど暇じゃないの。それじゃね』
こうして、拓也との関係は終わった。
あの時、どうすれば良かったんだろう。
どれだけ考え直しても、私には「頑張って拓也と一緒にいる時間を取るから。ほかの人見ないで」なんて、言えなかった。
もし言えたとして、同じような気持ちで拓也と付き合っていくことも出来なかっただろう。
「馬鹿みたい」
ぽつりとつぶやいた後、残りの梅酒を一気に飲み干した。
もう、こうなればヤケ酒だわ。
そう思っていると、スマートフォンから着信音が聞こえた。
相手は未森――会社の同期で、同じ部署のせいか、仲良くしている。伊藤さんにも未森と一緒じゃないか聞かれたくらい、一緒にいるのが浸透しているんだろうな。
その未森が、今頃なんだろう――少し考えた後、スマートフォンを持って、通話の所をタップした。
『もしもし』
「もしもし、どうしたの?」
『うん、まあ用事が終わって一人になってつまんないからさ。由乃と会えないかなって思ったんだけど』
「ごめん。もうシャワーを浴びてすっぴんなんだ。お酒も飲んじゃってる」
『なんだ、残念。お酒飲んじゃったならしょうがないね。じゃあ、月曜日にね』
「うん、ごめん。じゃあ月曜日に。お休み」
未森との会話が、現実に引き戻してくれる。
「そっか、未森も夜は空いていたのか……」
こんなことなら、夕食をどこか決めて会えば良かったな。
とはいえ、お酒を飲んでしまった車の運転も出来ないし、こうなりゃ、やっぱりヤケ酒でしょ。
そう結論付け、梅酒のパックから、もう一度グラスに梅酒を注いだ。
もちろん、次の日は二日酔いだった。
常備菜を作るのも面倒で、最低限、使えるようにと野菜とお肉を冷凍しただけで、後はダラダラと頭痛い……とボヤきながら、日曜日は終わってしまった。
↓ 今回の梅酒『濃厚黒梅酒』。大容量です。
あまりお酒は飲めないのですが、梅酒は好き。なので飲んで見たいけど、1800mlは多すぎる…
