David Byrne 来日公演を勝手に考察〜あのバンドスタイルの発想はどこからきたのか?〜
8月13日(木)、待ちに待ったDavid Byrneのソロ来日公演(SGCホール有明)へ。
前作『Who Is The Sky』ツアーと映画『アメリカン・ユートピア』を踏襲した素晴らしい演出と最高の選曲。
74歳とは思えない張りのあるバーン先生の歌声。13人編成による、変幻自在で多様な音楽を飲み込んだ見事なアンサンブル。
そして、バーン自身を含む全員の完璧なパフォーマンス。
そのすべてに、ただただ圧倒された👏✨
今回考えてみたいのは、映画『アメリカン・ユートピア』にも登場した、あの独特の演奏スタイルだ。演奏者が楽器を身体に装着し、プラグやケーブルに縛られることなく、ステージ上を自由に動き回る。
いったい、あのスタイルはどこから来たのか?を勝手に考察してみる。
まず挙げたいのは、ニューオーリンズ特有の「セカンドライン(Second Line)」の影響だ。


「ブラスバンド」と共に行進するパレードを指し、生まれた独特のパーカッシヴでシンコペイトするリズムは「セカンドライン・ビート」と呼ばれ、この地の独自の音楽を形成する重要な要素になっている。
このニューオリンズの「ブラスバンド」を伴った伝統的なパレードがアイデアの源になったと考える。
演奏者は街を移動し、観客もその動きに加わる。音楽と身体、演奏者と観客の境界が溶け合うその構造は、今回のステージ・パフォーマンスを考えるうえで重要な手がかりになる。
デヴィッド・バーンが影響を受けたThe Meters等の影響から『セカンド・ライン』を知り、80年代前半に聴いたThe Dirty Dozen Brass Bandに触発され、アルバム『The Knee Plays』を制作したというエピソードからニューオリンズ文化・音楽への愛や理解度の高さが伺える。
楽器を身体に装着し、演奏者が自由に動き回る今回のスタイルには、街を舞台に音楽を展開するセカンドラインの発想が、現代的な形で受け継がれているのではないだろうか?


『My Feet Can’t Fail Me Now』(’84)
この「身体を動かしながら、集団で音楽をつくる」という感覚をさらに押し広げるのが、「バトゥカーダ」と呼ばれる、ブラジルのサンバから発展した打楽器アンサンブルだ。

バトゥカーダは、特にリオのカーニバルやエスコーラ・ヂ・サンバ(サンバ学校)と深く結びついている。
その面白さは、全員が同じリズムを叩いているわけではないところにある。
異なる音色、テンポ、反復、シンコペーション。そこに複数のリズムが重なり合うことで、独特のパーカッシヴなグルーヴが立ち上がる。
打楽器奏者は、それぞれがひとつのリズムのパーツを身体ごと担う。そして、それらが集まることで、ひとつの巨大なリズムをつくり上げる。しかもカーニバルでは、演奏者自身が移動しながら演奏する。
「身体+楽器+移動+集団でグルーヴをつくる」という構造は、『アメリカン・ユートピア』のパフォーマンス・スタイルとも強くシンクロしている。
セカンドラインが街を練り歩くブラスバンドの文化だとすれば、バトゥカーダは、複数の打楽器が役割を分担しながら巨大なリズムを生み出す集団演奏の文化である。バーンのステージでは、この二つの要素が結びつき、移動する身体そのものがアンサンブルの一部になっているように見える。
特にリオのカーニバルやエスコーラ・ヂ・サンバ(サンバ学校)のと深く結びついており、全員が同じリズムを叩いているわけではないことが特徴。
そして最後に挙げたいのが、「アフロ・ファンクの雄」フェラ・クティだ。
フェラの音楽では、ドラム、パーカッション、ベース、ギター、ホーンなどが、それぞれ異なるフレーズを反復する。それらが幾重にも重なることで、大きなグルーヴが生まれていく。


バンド全体がひとつの巨大なリズム装置として機能する。個々の演奏者は独立した役割を担いながら、全体としてひとつの音楽をつくり上げる。
今回のバーンのステージにも、そんな「集団でグルーヴをつくる」という感覚が色濃く感じられた。
複数のパーカッションを中心に、それぞれの演奏が絡み合う。さらに、ミュージシャン自身の身体の動きまでが、リズムの一部になっていく。
演奏者が自由に動き回ることで、音楽は単なる音の集合ではなく、視覚的なフォーメーションとしても立ち上がる。
バーンとアフリカ音楽との関係は、もちろん今回突然始まったものではない。
Talking Headsの『Remain in Light』(1980年)では、すでにフェラ・クティのアフロビートを重要な参照点のひとつとして、反復するフレーズとポリリズムをロックへと取り込んでいた。
それから40年以上。かつてはスタジオで音を重ねることで追求していたアフリカ音楽的なグルーヴを、現在のバーンは、生身のミュージシャンの演奏と身体の動きによって、ステージ上に立体的に描き出しているように見える。
《考察まとめ》
今回のバンド・スタイルを形づくっているのは、ひとつの音楽ジャンルや特定の演出だけではない。
ニューオーリンズのセカンドラインからは、街を移動しながら音楽を共有する発想を。
ブラジルのバトゥカーダからは、複数の打楽器と身体の動きによって集団でグルーヴを生み出す構造を。
そしてフェラ・クティとアフロビートからは、個々の演奏者が異なる反復フレーズを担い、バンド全体で巨大なリズムをつくる考え方を。
これらの要素が、デヴィッド・バーンの長年の音楽的探究と結びつくことで、あの自由で躍動的なステージが生まれているのだろうと考察する。
今回の公演で目にしたのは、単に楽器を持って動き回る演出ではない。音楽を身体に取り戻し、演奏者全員がひとつのリズムのなかで動き、呼吸し、グルーヴをつくるための新しいバンド・スタイルであり、『リメイン・イン・ライト』から45年を経て、ようやくたどり着いた世界観だった。
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