過去や他人は“今のおまえ”じゃない
おう、久しぶりだな✋
元気にしてたか??
「なんであんなこと言っちゃったんだろう……」
「今の自分ならそうしないのに…」
って、いつまでクヨクヨしてんだ。
反省するなとは言わねぇ、でもな。
おまえが反省してるその“過去の自分”を、
おまえは100%知れると思ってるのか?
無理だろ、どう考えても。
今のおまえと、あのときのおまえは、
“同じ主体”じゃない。
そのときに感じていたことも、考えていたことも、
見えていた景色も、全部ちがう。
それなのに、
「どうしてあんなことを?」
って考えてるよな。
分かるわけねぇだろ。
笑えるくらい当たり前だ。
だってよ、
「なんで?」っていま違和感が出ている時点で、
もう“そのときのおまえ”じゃねぇんだから。
それで同じ答えが出ると思うほうが、無茶だ。
しかもな、過去の自分ですらそれなのに、
他人なんてどうだ?
分かるわけねぇだろ、絶対に。
おまえとは別の人生を歩んできて、
別の日常を過ごしていて、
別の景色を見て、
別の感覚をもちながら別の考えをしている。
それを、今のおまえの頭で、
「きっとあの人はこう思ってたんだ」って、
それ、ただの解釈だ。
事実じゃねぇ、想像だ。
おまえはすぐ忘れるからな笑。
もう一度、あっっっったりまえのこと言うぞ。
『過去や他人は“今のおまえ”じゃない』
そうだろ?
だからな、過去のことや他人のこと、
それについて無駄に考えて、悩んで、
自分を責めるのは、もうやめろ。
分からないものを、分かろうとして苦しむのは、
時間のムダだ。
“今この瞬間”は、常に切り替わってる。
おまえ自身も、刻一刻と変わってる。
そこから生まれる、感じ方も、考え方も、
全部、移り変わっていくんだ。
そのときにキャッチしたものが、
そのときのおまえにとっての《真実》だった。
それだけなんだよ。
正しいとか、間違ってるとか、
ぜんぶ後づけだ。
おまえはいつも、その瞬間の“完全”を、
ちゃんと体験してきた。
手を抜いてねぇ、逃げてもいねぇ。
でな。
どうしても、過去や他人を振り返りたくなったら、
こう問いかけろ。
「そのときの自分の考え方や感じ方を使って、
今の自分を、どんなふうに“再創造”したい?」
責めるためじゃねぇ、合わせるためでもねぇ、
“創る”ためだ。
いいか、もう十分やってきた。
今とは“重ならない”過去に、縛られるなよ。
おまえとは“在り方”のちがう他人に、囚われるなよ。
今の自分で、“今”を創れ。
その一つひとつの先に、“次”が顕れるんだよ。
それでいい。
それだけでいい。
