“地球ドラマ”を降りて、静かな鼓動に耳を澄ます。
静寂のあとに訪れる、「物足りなさ」というエゴの影。
「もっと刺激がほしい」
「このままでいいのだろうか」
そんなふうにどこからか、ささやき始める。
「地球ドラマ」で“自分”を満たしてきたエゴが、
“自分が消失”することを怖れて、
静寂を掻き分けて現れる。
かつてのドラマが懐かしくなり、
その刺激たっぷりの物語をもう一度味わいたくなるかもしれない。
この地球に「しなきゃいけないこと」や「しちゃいけないこと」は無く、またドラマに戻り、味わってもいい。
「地球でしか経験できないこと」を、
私たちは体験しに来たのだから。
でも、ドラマはただの物語であって、
“フィクション”でしかない。
だから、“幻想”にのめり過ぎないこと。
「幻想を味わう」のではなくて、
幻想を眺めて、幻想を使って、
《体験する自分》を味わうこと。
エゴと言う幻想を、
排除しようとしたり、責めたりする必要はない。
自分自身と同一視せず、ただ、そこにあるものとして眺めてみる。
それはまるで、静かな水面にポツンと漂う木の葉のようなもの。
水面に漂うエゴをただ眺めながら、
もう一度、深い静寂の中に身を置いてみる。
すると、静まり返った水面で、微かに、
波打つものがある。
それは、エゴの叫びによって世界が騒がしかったときには、
決して気づくことのなかったもの。
それは、あなたの《静かな鼓動》。
その鼓動に、じっと耳を澄ませてみる。
成長しなければいけない。
「必要」を生み続けなけばならない。
「自分という存在」を絶やしてはいけない。
エゴが必死に求めていた「地球ドラマ」から、
遥か遠く離れた場所で、ただ静かに聴こえてくるもの。
その《静かな鼓動の正体》は何なのか。
懐かしものかもしれないし、
新しいものなのかもしれない。
そして、その鼓動を感じきったときに、
あなたの世界はどうなるのか。
その鼓動の正体と、あなたの新しい世界を探求する旅が、始まります。
