“存在”を表現し、体験する
『人が生きる意味』
これは多くの人間が考え、その答えを求めることだよな。
物質的な豊かさがほとんどの人に保証され、
生き方の選択や価値観が多様になった今こそ、
「おれはどうやって生きればいいのか?」
そんな疑問や迷いを感じる人もまた増えてきた。
でも、その答えは昔も今もいつだって、不変だ。
《自分を体験すること》
これが生きる上での唯一の目的であり、たった一つの“必要性”。
《自分を体験する》とは、
《自分とは何者なのかを明らかにする》こと。
《自分とは何者なのかを明らかにする》には、
《自分という存在を表現する》ことで進んでいく。
その“表現”の仕方は何だっていい。
『物質主義』の中で、多くのお金を得て、望むものを手に入れ、
「豊かさは何でも手に入る」と実感する。
『自然主義』の中で、自然に囲まれた環境で暮らし、
「豊かさは全て既にある」と実感する。
『歌い手』として、愛に満ちた詩を歌ってもいいし、
別れの悲しさを込めた詩を歌ってもいい。
『書き手』として、喜びに溢れた物語を綴ってもいいし、
試練に挑み続ける苦難な物語を綴ってもいい。
自分を表現する方法は、何だっていい。
何を信じようが、どこに身を置こうが、何の職業に就こうが、
その選択の自由は、すべての者に与えられている。
人生を生きる意味は、表現したその先にある。
「で、自分は何者なんだ?」
この問いに、なんて答えるのか?
それを“明らかに”するために、
人生を、地球での生活を“体験”しているんだ。
おまえ(たち)は、
宇宙の根源の“分け御魂”。
宇宙の根源は、《愛と遊び》。
《愛》とは何か、
物質からも自然からも、
喜びからも悲しみからも、
愛からも愛とは非なるものからも、
あらゆるものを用いて、あらゆる表現の仕方で、体験し、明らかにする。
その《遊び》を、おまえは人生をかけてやっていく。
それが、「人生を生きる」ということだ。
