あなたは、波紋ひとつない「湖面の世界」の住人
エゴの騒ぎが静かになり、「何が起きてもいい、何を選んでもいい」という、あなたの純粋な姿である“ニュートラルな静けさ”を取り戻す。
そこにあるのは、波紋ひとつない湖面の世界。
激しい衝動も、焦りも、不安もない。
ただただ、しんとした静けさが広がっている。
すると、その静寂のなかで、またしてもエゴがささやき始める。
「なんだか物足りない、寂しい」
「あの刺激たっぷりの情動が恋しい」
この場所は、時折退屈に感じてしまうことがある。
この静けさを求めて、ここへ戻ってきたというのに。
(一体わたしは、どうすればいいのだろう…)
けれど、実はそこにある「寂しさ」も「物足りなさ」も、
何かが不足しているから起きているわけではない。
波紋一つない状態を、「寂しい」と捉えるのか。
それとも、「静かな自由」と捉えるのか。
それは、意識の向け方ひとつで、
今この瞬間に、あなた自身で選ぶことができる。
そして、どちらを選んでもいい。
「寂しさ」といものを、肉体を通して熱心に味わう時間があってもいい。
「静かな自由」の中で、ゆったりとまどろむ日があってもいい。
寂しさや物足りなさですら、
本当は“全てと一つであるあなた”が、
本当は“不足や必要性などない世界の住人であるあなた”が、
その気持ちとは、その感覚とはどんな感じなのか、
それを肉体をもって、体験しにきたのだから。
「目的がない」というのは、エゴは寂しく感じるかもしれない。
でも、あなたの魂はそれを分かっている。
あなたは「何かを成し遂げるため」にここへ来たのでない。
あなたは、善悪も、正しさも、必要性もない世界から、
ただ目の前のことを体験し、そこから顕れる感情を味わいにやってきた。
波紋ひとつない「湖面の世界」で、
その静けさも、ふいに顕れる揺れもただただ感じる、
《ただ存在する意識》なのだから。
