自神が創造したものを自身で生きる
私たちは、長い間《登場人物の視点》をもって生きてきた。
与えられた環境、人間関係、出来事の中で成長していく物語。
それは、ゲームの世界で例えるなら、
“RPGゲームの主人公”がイメージしやすい。
魔王討伐という目的をもって、数々の敵を倒し、様々な大陸や町を訪れ、多くの人々と出逢っていく。
自身に与えられた役割や運命を担い、ロールプレイ(役割演技)していく。
そのような冒険活劇の中で、主人公が成長していくという物語。
その“主人公としての視点”をもって、
私たちは実生活の中で学び、成長し、感情を味わってきた。
それはそれで、
必要な経験であり、与えられた“仕組み”だった。
でも、次第に、
「決められた設定」
「定められた運命」
「与えられた環境」
という登場人物視点特有の“限界”に、
物足りなさのような、焦りのような、違和感のような、
“これではない”という感覚がやってくる。
それは、
《創造主の視点》を思い出すタイミングなのかもしれない。
コントローラーによって操作されるゲーム上の存在ではなく、
主人公をplayする(演じる・遊ぶ)側であるということ。
創造主である自分自神が、
主人公でもある自分自身を俯瞰して動かしていく。
その感覚を取り戻すことが、《自分に還る》ということ。
自分に還るとは、
何か迷いや恐れを抱える人に優しく寄り添うために用意された言葉なのでなく、
★《創造主の視点》を思い出し、人生を自ら創造することを選ぶこと
★《自分に還る》ことによって、自分自身に“創造する力”が元々あったことを体感すること
★その《創造》のために、宇宙本来のシステムやサポートが発動し、“絶対的な仕組み“によって絶えず守られ、“自由意志に基づく創造”ができること
これら自分にもともと備わっていた、宇宙にもともと準備されていた、能力や法則、仕組みの中で生きることを意味する。
そんな本質的で、自由で、力強く、愛に守られ、愛を与える人生。
その人生は、決して“何かに与えらえる”のではなく、
自分自神で創造できるということ。
その人生を、自分自身が生きるということ。
